第13話 二度あることは、三度でも。

 馬車が止まり、扉が外側から開けられる。

「行くぞ」

 声をかけられ、ヴァルツリヒトの後に続いて恭一郎も馬車を降りる。

「……これが、教会?」

 目の前にそびえる建物に、恭一郎は目を丸くする。

(これは、教会……というより、城……要塞……?)

 高い塔を見上げると何だか眩暈がしてくる。

 ヴァルツリヒトの先に見える建物は、物語に出てくる要塞を思わせる建物だった。石造りの建物であることは王城と同じだけれど、いくつものアーチが組まれ、尖塔を持つ建物は、教会のようにも見える。が、その周りを高い壁が囲っているのだ。入口と思しき門の前には巨大な石像が一体置かれており、街の人々だろうか、その前に跪いて祈りを捧げるような仕草をしている。

(像……女神?ユタとは違う宗教なのかな……)

 ユタは自分のことを神というのは烏滸おこがましいとは言っていたものの、神とされていることは否定しなかった。けれど、彼の見た目は男だ。石像のモデルとなった女神とは別なのだろう。

(あの女神像は、どちらかというとヴァルツリヒト隊長に似ている……気がする)

 鼻筋や眉の感じ、何よりも雰囲気が、ヴァルツリヒトに似ていると思う。

 恭一郎はキョロキョロと周囲を見回しながら、先を行くヴァルツリヒトに遅れないように着いていく。飾り気のない廊下ですれ違う人たちは、修道服のような服装をしている。皆一様に、ヴァルツリヒトに向かって頭を下げ、その後に続く恭一郎にも訝しげな目を向けながら頭を下げる。恭一郎も、何だか申し訳ない思いを感じながら、頭を下げる。

「ヴァルツリヒト隊長、伺ってもいいですか?」

「……何だ」

 カツカツと硬い音を立てながら歩くヴァルツリヒトを早歩きで追いながら、恭一郎は尋ねる。

「この国では複数の神を信仰しているのですか?」

「国教と定められているのは、この教会の主神を信仰する宗教だ。けれど、信仰の自由は認められているから、それ以外の神を信じている者も少なからずいる」

 なるほど。

 では、ユタはここで言う「それ以外の神」なのだろう。

「……っ!」

 急に立ち止まったヴァルツリヒトに気付かず恭一郎はその肩に軽くぶつかる。振り返って軽く自分を睨む彼に、小さく頭を下げて恭一郎は一歩下がった。

 ヴァルツリヒトが扉をノックすると室内から声が響き、内側から開けられる。

「入れ」

「失礼します」

「……失礼します」

 頭を下げて入室するヴァルツリヒトに倣って、恭一郎も同じように頭を下げて部屋へ入る。

 応接室だろうか。低いテーブルとソファの置かれた、それなりに広さのある部屋だ。壁にかけられた絵画や部屋を飾る装飾が、何と言うか煌びやかで目がチカチカする。

「やあやあ使徒様! よくぞお越しくださいました」

 迎えてくれたのは、見覚えのある金髪の美丈夫だった。その華やかな雰囲気は、部屋の華美さに負けていない。というか、キラキラの発生源はこの人かもしれない。

「……王様?」

「レオンハルトと呼んでください、使徒様」

 両手を広げて恭一郎を迎え入れた国王……レオンハルトは、ニコニコと笑顔を浮かべて言う。

「……では、レオンハルト様。私のことも名前でお願いします」

「そうでしたね、キョーイチロー様」

「……様も不要です」

 恭一郎の言葉に、レオンハルトは片眉を上げて楽しそうな表情を浮かべる。

「キョーイチロー……殿?」

「はい」

 恭一郎の返事に、レオンハルトはニッコリと笑った。

「では、キョーイチロー殿。ようこそメアシュタッド大聖堂へ。まずは、大司教を紹介します」

 レオンハルトがそう言うや否や、彼の後ろからでっぷりとした腹を抱えた初老の男が一歩前に出る。

「ご挨拶が遅くなりました。こちらの大聖堂の管理を任されています。大司教のロドリアンと申します」

「青木恭一郎です」

 恭一郎が頭を下げると、大司教は大きく頷き、どこか芝居めいた口調と表情で続ける。

「召喚の儀の際にも同席させていただいていたのですが、バタバタしておりましてご挨拶できずに申し訳ありませんでした」

(そういえば、あの時なんか言ってた人こんな感じだったっけ……)

 突然異世界に連れてこられた上に、意識を失う直前だったせいもあって、あの時の記憶は曖昧だ。

(とは言え……)

 恭一郎は改めて目の前のロドリアンを見る。祭服を着ていてもわかるふくふくとした体……というか、でっぷりとした豊かな腹回りを持つ中年男性だ。建物や他の人たちを見る限り、そんなに豊かな生活をしているようには見えないけれど。

(いいものを食べていそうな体型だな……)

「先日フィリックに鑑定をしてもらってはいるけれど、大司教殿にもみていただきたくて、お越しいただいたんですよ」

 レオンハルトに言われて、どこか得意そうな顔をしてロドリアンが一歩前に出てくる。

「フィリック医師は、治癒魔法の使い手としては大変優秀ですが、単純な光魔法による鑑定であれば我ら教会の者だって負けていませんからな」

ロドリアンが胸を張ると、出た腹がさらに押し出される。太鼓腹とはこのことを言うんだろうな……という思いが、恭一郎の脳裏をよぎる。

「では、早速よろしいですかな?」

 恭一郎はロドリアンの言葉に頷き、ロドリアンの前に立つ。その恭一郎に向かって両手を広げたロドリアンが、声を張って呪文を唱える。

『いけない!!』

(ユタ?)

 頭上に魔法陣が現れたと同時に、恭一郎の脳内にユタの声が響き、恭一郎は強い眩暈と頭痛、吐き気に襲われた。床に敷かれた分厚い絨毯が、ゆっくりと近づいてくる。

(視界が揺れる……床が……近い……)

 そう思ったところで、恭一郎の意識は途切れた。

 恭一郎の体が床にぶつかる直前、ヴァルツリヒトが腕を伸ばしてその体を抱きとめる。

「キョーイチロー殿!!」

 ヴァルツリヒトの腕の中で、ぐったりとする恭一郎を見てレオンハルトは声を上げる。その声に、ロドリアンは気まずげな表情を浮かべて呪文を唱えるのを止めた。

「大司教何をした!?」

 レオンハルトの慌てた様子に、ロドリアンは額に浮かぶ汗をレースの縁取りがされたハンカチーフで拭きながらしどろもどろに答える。

「いえ……私は、通常通り魔力鑑定の光魔法を使っただけですが……」

(これは……魔力酔い……?!)

 力なく腕の中で横たわる恭一郎の額に手を当てて身体の様子をスキャンしたヴァルツリヒトは、小さく目を眇める。

(そうか、魔力耐性が低いから……!)

 確か以前魔力鑑定をフィリックがしたときに、魔力の耐性が低いと言っていた。

「フィリックに至急連絡を!」

「はい!!」

 ヴァルツリヒトの声に、部屋の隅に控えていた護衛騎士が慌てて部屋を飛び出す。

「それには及びません。私が治癒魔法をかけましょう」

「いや……やめておきましょう。この者は、魔法耐性が低いので治癒魔法でも意識を消失する可能性があります」

 言いながらヴァルツリヒトは恭一郎を抱え直す。

「!! そんなになのですか?」

 レオンハルトは、ロドリアンの言葉に頷いて呟く。

「まさかここまでとは……」

「私も、そう思います。陛下、今日はここで失礼してもよろしいでしょうか?」

「あぁ……すまない。頼んだ」

 ヴァルツリヒトは大きく頷いて、恭一郎を横抱きに抱えて部屋を出る。青白い顔でぐったりと胸に寄りかかる恭一郎の姿は、なぜかヴァルツリヒトの心を揺らす。

(こんな顔をさせたくない……二度とさせるつもりはなかった……)

 二度と……?

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