第12話 魔法が使えないのは、俺だけだと思っていました。

 この家に来て半月経って初めて、恭一郎は、なぜだか食後の兄妹水入らずのティータイムに加わることになった。隣に座ってニコニコと笑って話をしながらお茶を飲むルネと、その向かいに座って話を聞きながら渋い顔でお茶を飲むヴァルツリヒト。恭一郎はその顔を交互に見ながら、静かにカップのお茶を啜る。

(……何だろう。居た堪れない……)

 向かい合って座る銀髪の兄妹は、控えめに言っても眼福ではある。けれど、時折ヴァルツリヒトが恭一郎に向けてくる瞳が、何というか、好意的には思えない。

「ルネリーザ様、湯浴みの準備が整いました」

「あら、もうそんな時間なの?」

 侍女に告げられて、ルネリーザは残念そうな顔をするが、直後に小さくあくびをする。時計を見ると、時刻は水の二つ刻ふたつとき(二十一時)を回ったところだった。

「ルネリーザ、湯浴みを済ませたら今夜はもうお休み」

「はい……お兄様……。キョー様もおやすみなさいませ……」

 ヴァルツリヒトに言われ、ルネは目を擦りながら侍女に連れられて部屋を出ていく。そうして、扉が閉まった瞬間。ヴァルツリヒトは、大きく溜め息を吐いて立ち上がり、部屋を出ようとする。が、扉に手をかけた後に恭一郎の方に振り返った。

「……何か?」

 その紫色の瞳に真っ直ぐに見つめられると、何だか落ち着かない気分になる。

「明日は朝から教会へ行く」

「……はい?」

 それだけ言うと、ヴァルツリヒトはさっさと部屋から出ていってしまう。扉がパタンと閉じると同時に、恭一郎は背後に控えていたモニカの方を見遣った。

「……俺が教会に何しに行くんだと思います?」

「私にはわかりかねます。……が、あの口ぶりだと旦那様もご一緒でしょうね」

 モニカは、いつもの落ち着いた表情で恭一郎に告げる。

「……ですよね〜〜」

(それが一番気が重いんだよ……)

 恭一郎の溜め息は、部屋の高い天井へと吸い込まれていった。


 翌日、教会へ向かう馬車の中。恭一郎の向かいには、ムッツリとした表情で腕を組んで座るテオがいる。屋敷を出る前にジークに聞いたところ、教会までは馬車で四半刻(三十分)ほどだという。

(……気まずい……)

 恭一郎は、何か気に触ることをしただろうかと考える。けれど、思い当たるところはない。だって、基本的にヴァルツリヒトと会うことはあまりない。夕食は一緒にとることもあるけれど、最近は忙しいらしくそれも稀だ。そして、思い返してみると、最初からこんな感じだった気もするので、気にしないことにする。

「伺ってもいいですか?」

 恭一郎は、この機会にとばかりにヴァルツリヒトに質問をすることに切り替えた。

「何だ」

 対するヴァルツリヒトの返答はいつも通り冷たい。けれど、いつも通りなので何ら気にはならない。

「ルネ様……ルネリーザ様は、なぜあちらのお屋敷にいらっしゃるのですか?」

 一般的にこの国の子女は親元で育ち、十三になる年に学校へと入学すると最近読んだ本に書いてあった。

(……が、ルネリーザ様は親元を離れて兄であるヴァルツリヒト様と暮らしている。学校に通うにしてもまだ早いし、何か理由があるんだろうけど……)

 言いづらいことであるのであれば深く聞こうとは思わないけれど、ただ、知っておかなければ傷つけてしまうこともあるかもしれない。花のように笑う彼女を傷つけたくはない。

 ヴァルツリヒトは、ちらりと恭一郎に目を向けて息を吐く。

「……お前には関係ない」

(デスヨネー)

「……すみません……」

 差し出がましいことを聞いてしまったと、恭一郎は肩を落とす。

「と、言いたいところだが、伝えておく必要はあるだろう」

 言葉を続けたヴァルツリヒトに、恭一郎は顔を上げて彼の紫水晶のような瞳を見つめる。

「あの子……ルネリーザは聖女だ」

「聖女? ルネリーザ様が聖女であるのならば、なぜ私が召喚されたのですか?」

 正確に言うと、聖女を召喚しようとして間違えてこちらに連れてこられたのが恭一郎だ。けれど、まぁ、今は細かいことは横に置いておこう。

「ルネリーザは聖女だ。けれど、聖女の力を使うことはできない」

「……どういうことですか?」

 ヴァルツリヒトの言葉が理解できずに、恭一郎は重ねて問う。

「持っている力が大きすぎて制御できず、使おうとすると暴走してしまうんだ」

「なるほど……?」

 恭一郎の生返事に、ヴァルツリヒトは眉間に皺を寄せて恭一郎を睨むように見返す。そんな表情でも、やっぱり美人だな……と思ってしまうので、イケメンすごい。

「わかってないな?」

「そうですね……まだこちらに来て日が浅いので、それがどういう意味なのかはわかりませんが、事情がおありということはわかりました」

 正直に告げる恭一郎に、ヴァルツリヒトは小さく息を吐いて説明をしてくれる。

「……この国は、日常生活の多くを魔道具に頼っている。その多い少ないはあれど、民のほとんどが魔力を持っている」

 その言葉に、恭一郎は頷く。

 魔道具を使うには、自分の魔力をほんの少し魔道具に流してやれば良いらしい。メーアヴァルトの国民にとって、魔道具に魔力を流すのは意識をする必要がないほど自然なことだという。ただ、恭一郎が今暮らしているヴァルツリヒトの屋敷には、そのような魔道具の類はない。まぁ、だからこそ、恭一郎が預けられたとも言えるのだが。

「魔力の制御ができないということは、魔力を魔道具に流すことができず、魔道具が使えないということだ」

 なるほど。だから、魔道具のないあの屋敷にいるのか。

(俺とは違う事情で、魔道具が使えない聖女か……)

「そもそも、聖女の力というのは、どのようなものなのでしょうか?」

 聖女の力は、聖なる光の力だと本には書いてあった。光の魔力を持つものは、聖女の他にも教会関係者や医療関係者に多いとジークは言っていた。では、聖女の力とは?

「聖女は、最上級の光魔法の使い手だ」

(光魔法……)

 この世界の魔法は、世界を構成する木火土金水の五元素に光と闇を加えた7つの属性があるという。多くの人は五元素のどれかに属するらしい。光の魔力を持つ者は、王族や一部の聖職者などその数は非常に少なく、光の魔力が強い者が聖女と呼ばれるそうだ。

(その、最上級の使い手……)

 通常であれば、教会の保護の対象となるであろうルネリーザ。けれど、魔力の制御ができないというのであれば別なのだろう。

(聖女としての役目を担うことができない聖女の代わりを異世界に求めたのか……)

 何だかなぁ……という思いの恭一郎を乗せて、馬車は教会へと向かう。

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