第14話 知恵袋の知恵を借りるのは、タイミングが難しいらしい。

(……久しぶり……か?)

 広がる暗闇。見慣れた風景と言えばそうだけれど、この感覚は慣れるものではない。

「……ユタ?」

 恭一郎の呼び声に引き寄せられるように、恭一郎の前にユタが姿を現す。

『やあ、久しぶり』

 ひょいと片手を上げて自分を見るユタを恭一郎は半ば恨めしいような思いで見つめる。

「いや、ホントに。世界の知恵袋っていうなら、もっと色々教えにきてくれてもいいと思うんだけど」

『仕方ないよ。俺は自由に出歩けるわけではないんだから』

 肩を竦めて言うユタの言葉に、恭一郎は少し驚く。

 神と崇められる存在。世界の知恵袋と言うのだから、いつでもどこでも現れることができるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「じゃあ、今日は何で?」

『一応忠告しておこうと思って』

「忠告?」

 不審な物言いに、恭一郎は眉を寄せる。

『恭一郎、あんたもう少し緊張感……というか、危機感を持った方がいいな』

「どういうことだ?」

 ユタの言う言葉の意味がいまいち受け取れず、恭一郎は眉間の皺をさらに深くする。

『往生の医者に言われただろ? あんたは、魔法耐性がないんだ。教会……それも、大聖堂に来るなんて、自殺行為だ』

「? どうして?」

 小首を傾げて尋ねると、ユタは腰に手を当てて大きく溜め息を吐く。やれやれ……と言わんばかりのその仕草に、恭一郎は大人気おとなげなく小さく唇を尖らせる。

『教会では、神への祈りと共に魔力を捧げているんだ』

「魔力を捧げる?」

 もちろん捧げると言っても、大した量ではない。人々の強い祈りや願いの思いの中には、魔力が宿るのだという。人々からほんの少しずつ捧げられた魔力が、教会の中には蓄積されているらしい。

(なるほど。だから教会に着いたときに体が重く感じたかのか)

「つまり、今俺はまた魔力に当てられて気絶してるってことか」

『理解が早くて助かる』

 こう何度も同じような状況に晒されていれば、いやでも理解は早くなるってもんだ。

「で。自由に出歩けない知恵袋様は、今日はどうしてここに?」

 気を取り直した恭一郎は、ユタに用件を尋ねる。

 ユタがここに来るときは、いつだって恭一郎に何か言いたいことがあるのだ。

(俺も聞きたいことはあるんだけどな……)

 でも、今のところどうすればユタにアクセスできるのかは知らない。

『あんまり時間もないから、ちょっとしたお知らせだ』

「お知らせ?」

『そう。俺と話したかったら、教会に来てくれればいい』

 さすが世界の知恵袋。今の恭一郎が求めたことを教えてくれる。が、しかしだ。

「教会は危険だって言っておきながら、来いって……矛盾してないか?」

 眉根を寄せて言う恭一郎に、ユタはなぜか自慢げに胸を逸らして答える。

『俺と話しをしに来るだけなら、気絶したりしない』

「じゃあ、今回倒れたのは、魔力の満ちている教会で、俺自身に対して魔法が使われたかたってことか?」

『そういうことだ。別に教会じゃなくてもいいぞ。礼拝堂とか祭壇がある場所でなら会話はできるから……』

 言いながらユタの姿が薄くなっていく。

「え! ちょ! まだ聞きたいことあるんだけど!」

 ユタの姿は闇に溶け、恭一郎の声だけが闇に響く。

「いきなり出てきて、いきなり消えるのかよ……」

 その呟きもまた、闇の中へと消える。


「テオ!」

 気を失ってしまった恭一郎を抱えて馬車へと急ぐヴァルツリヒトは、背後からレオンハルトに呼ばれる。足を止めて振り返ると、金髪の美丈夫が早足で近づいてくる。

「陛下……」

 恭一郎を抱き直して、ヴァルツリヒトは小さく頭を下げた。それと同時だった。

 ガチャン!!

「「!?」」

 ヴァルツリヒトの肩を掠めるように、頭上から土の入った植木鉢が落ちてきて、割れた。

「「……」」

 ヴァルツリヒトとレオンハルトは、落ちてきた植木鉢をジッと見つめ、視線を頭上へと移す。視線の先には建物と建物をつなぐ屋根のない渡り通路がある。けれど、そこには人影はなく、もちろん植木鉢も並んではいない。

 ヴァルツリヒトは小さく息を吐くと、体をレオンハルトの方へと向ける。

「どうされました?」

 いくら大聖堂の中とはいえ、護衛もつけず歩き回るのは感心できない。たとえ、レオンハルトが、今日つけている護衛の誰よりも強いのだとしても。

「……いや……あれだ。フィリックには、お前の屋敷に行ってもらうように伝えているから、キョーイチロー殿を診てもらってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

「それと……」

 レオンハルトは、視線を植木鉢の方へと向ける。

「この件は、こちらで調査する」

「……はい。よろしくお願いします」

 レオンハルトは頷くと、踵を返して大聖堂の奥へと消えていった。

 その背が見えなくなるまで見送ったヴァルツリヒトは、改めて周囲を見回すと、少し速度を上げて馬車へと向かった。


「出してくれ」

 恭一郎を抱えたまま馬車に乗り込んだヴァルツリヒトは、御者に指示を出すとホッと小さく息を吐く。

(あの植木鉢は……どこから来た?)

 明らかに自分たちの上から落ちてきたけれど、それらしいものは頭上にはなかった。土が入り、花が植えられた植木鉢は、それなりに重い。当たりどころが割るければ、怪我じゃ済まない可能性だってある。

(……狙われた? 俺が? いや、違う。狙われているのはきっと……)

 ヴァルツリヒトは視線を腕の中の恭一郎に向ける。青白い顔は変わらず、少し眉根を寄せて苦しそうに呼吸をしている。自分のシャツをギュッと握る指先に手を重ねると、驚くほど冷たくて焦る。その手を温めるために、ほんの少し握ると、恭一郎の顔が安心したように少しだけ緩んだ。それを見て、心の底から安堵の息が漏れる。

「良かった……」

 小さく漏れた声に反応するように、恭一郎は小さく身動ぎして体を寄せてくる。サラサラと滑る黒髪が頬に当たり、ヴァルツリヒトはそれに頬を寄せて目を閉じた。

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