第15話 どうやら俺にも魔力があるようです。
(温かい……)
暗闇から温もりと光のある世界へ引き戻されて、恭一郎はぼんやりとしながら目を開く。いつも眠る寝台よりも少し視線が低い。目線の先にはテーブルがあって、そこには湯気の立つカップと茶菓子が置かれている。
(……あれ?)
「……起きたか」
頭上から耳に心地よいテノールが響いて、恭一郎はそちらに顔を向ける。
「ヴァルツリヒト騎士団長……?」
思っていたよりもずっと近くに、綺麗な紫水晶の瞳があった。その美しい
「「……」」
「何で!?」
恭一郎はガバッと体を起こすが、自分の右手がしっかりとヴァルツリヒトのシャツを握っていることに気づき、さらに慌てて手を離す。
(どこだここ!?)
焦って周囲を見回すと、そこはどうやらヴァルツリヒト邸にある恭一郎に与えられた部屋のようだった。そこに置かれたカウチで半分寝そべるようにして座るヴァルツリヒトに、恭一郎は抱えられるようにして眠っていたようだ。
「……ご迷惑をおかけしました」
自分が何をしでかしたのかはよくわからないけれど、迷惑をかけたことだけは間違いない。そう思って、恭一郎はいつもよりずっと近い距離にいるヴァルツリヒトに頭を下げる。
「構わん」
そう言うとヴァルツリヒトは、恭一郎越しに腕を伸ばしてテーブルの上のベルと手に取る。反対側の腕は、恭一郎がカウチから落ちてしまわないようにしっかりとその背を支えている。チリンと控えめな音を鳴らすと、すぐにモニカがやってきた。
「フィリックを呼べ」
「かしこまりました」
頭を下げて部屋を出る直前、モニカは恭一郎の方を見て柔らかく微笑んだ。
(心配かけちゃったんだな)
扉の向こうに消えたモニカを見送って思う。
恭一郎が意識を失っている間に、何があったのかはわからない。けれど、きっとヴァルツリヒトだけでなく、モニカにも迷惑をかけたに違いない。
(あとで謝らなくっちゃ)
せっかく仲良くなれたのだから、こんなところで友情を失いたくはない。
「目が覚めたって??」
バタバタを大きな足音をさせてやってきたフィリックは、ノックもそこそこに勢いよく扉を開いて言う。
「あぁ。診療を頼む」
「「「……」」」
なぜだろう。フィリックは、彫像のように動かない。
「……フィリック?」
訝しげに眉根を寄せて言うヴァルツリヒトの声に、ハッとした表情を浮かべたフィリックが少し早口に言う。
「あぁ! 診察ね。診察。うん、ちょっと失礼するね」
フィリックは、カウチの背に背中を預けるヴァルツリヒトに抱えられるように座る恭一郎の足元にしゃがむと、その手首を掴んで脈を測る。恭一郎は、体を起こして少し姿勢を正すように座る。
「……?」
フィリックは、小さく首を傾げながら恭一郎の瞼を下げたり、舌を出させたりして診察を続ける。
「前回ほどひどい状態ではなさそうだね」
その言葉に、恭一郎は小さく息を吐く。フィリックはというと、何か気になることがあるのだろうか、顎の辺りをさすりながら少し離れたところから恭一郎を眺めている。その視線に何だか居た堪れないむず痒さを感じて、恭一郎はそっとヴァルツリヒトから体を離した。ヴァルツリヒトは、一瞬ピクリと肩を揺らすけれど、何事もないかのように表情は変えない。
「ふむ……」
フィリックは、さらに一歩後ろに下がると、恭一郎の隣に座るヴァルツリヒトに目をやり、腕を組んでさらに考え込んでしまう。
「う〜〜ん……」
「どうした?」
あまりにも長く考え込むフィリックに痺れを切らしたのは、ヴァルツリヒトだった。
「いや、ね……。キヨくん、ちょっとこっちに来てくれる?」
そう言ってフィリックは、カウチの横に恭一郎を立たせた。
「今からちょっと魔力鑑定するね」
「え!?」
「鑑定って……!!」
恭一郎が声をあげ、ヴァルツリヒトが一瞬身を上げるが、フィリックに手で制される。
「黙ってて」
いつにない真面目な様子に、腰を上げかけたヴァルツリヒトはカウチへと戻り、恭一郎も了承の意味を込めて頷いた。
(あれ? 気持ち悪くならない)
恭一郎に向かって両腕を広げて歌うように呪文を唱えるフリックの声を聞きながら、恭一郎は目を見開いてキョロキョロと周囲を見回す。
吐き気も頭痛もしない。キラキラとした光ごしに見る世界もキラキラしている。目眩……というか、多少立ちくらみのようなふらつきはあるけれど、意識を失うほどではない。
「うん、オーケー。次、テオもこっちに来て」
フィリックに呼ばれて、ヴァルツリヒトは恭一郎の隣に並ぶ。
「で、二人で手を繋いでくれる?」
「手を……」
「つなぐ……?」
「そう。手を繋いで」
言われるがままに恭一郎がヴァルツリヒトに向かって手を差し出すと、ヴァルツリヒトは恐る恐るといったふうに、恭一郎の手を握る。
(温かい)
眠っている間に、感じていた温もりはヴァルツリヒトのものだった。心が穏やかになるような、ホッとする温もりだ。恭一郎は、握られた手にほんの少しだけ力を加えて握り返す。
(!!)
ヴァルツリヒトに同じくらいの力で握り返されて、恭一郎はなぜだか少し頬が熱くなる。
「オーケー。じゃあ、ちょっとそのままね」
フィリックは、今度はヴァルツリヒトと恭一郎をまとめて光のベールで包んでしまった。
……
(あれ? 何ともない?)
同じように魔力鑑定の魔法をかけられているはずなのに、先ほど感じた立ちくらみが全くない。そのことに驚いて、恭一郎は首を傾げる。
「はーい、じゃあ手を離して」
フィリックの指示で、二人は繋いでいた手を離す。光は、変わらずに二人を包んでいる。
……?
「もう一度手を繋いで」
恭一郎とヴァルツリヒトは、目を合わせて首を傾げるが、言われた通りに再び手を繋ぐ。
「やっぱり!!」
「「??」」
魔力鑑定を終えたフィリックが声をあげ、キラキラした瞳で恭一郎とヴァルツリヒトに詰め寄る。
「前にキヨくんを鑑定したときは、全然魔力が感じられなかったんだけど、今日はほーんのちょこっとだけ感知できたんだ!で、何でかなって考えて、前になくって今あるものを考えたら……」
「考えたら?」
フィリックの言葉をヴァルツリヒトが繰り返す。
「テオ! 君だよ!!」
フィリックは、ヴァルツリヒトの肩を掴んでグラグラと揺らす。ヴァルツリヒトと繋いだママの腕が、ブンブンと大きく揺れる。けれど、なぜだろう。恭一郎はその手を離す気にはなれない。
「詳しく調べてみないとわからないけれど、キヨくんの魔力は何らかの形で封印されているみたいだね。それが、なぜだかわからないけれど、テオが触れると封印がわずかに薄くなるみたいだ」
…………
「どういうことだ?」
眉間に深く皺を寄せて、ヴァルツリヒトはその紫水晶の瞳をフィリックへと向ける。
「どうもこうも、調べなきゃわからない。でも、テオと接触し続ければ、キヨくんの魔力を抑えている封印が解けるかもしれないってことだよ!」
「俺の……魔力? 俺には魔力はないんじゃ……」
恭一郎は首を傾げてフィリックに問う。
「うん、そう。そう思ってた。でも、そうじゃなかったみたい! あぁ……大変だ〜早く陛下に報告しなくっちゃ!! それじゃ、二人とも! 僕はこれで失礼するよ。また何かあったらすぐ呼んでね!」
そう言うとフィリックは、来たときよりも騒がしくバタバタと音を立てながら部屋を出ていった。
何だろう。ドッと疲れた。
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