第16話 困っていることや不便なことと言えば。
バタバタと出ていったフリックを見送って、恭一郎は息を吐きながら呟く。
「……嵐みたいだ……」
「そうだな……」
恭一郎は、思わず呟いた言葉にヴァルツリヒトが反応したことに驚いてそちらを向く。ヴァルツリヒトは大きく息を吐いて、再びカウチへと体を預ける。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
チラリと恭一郎に視線を向けて、ヴァルツリヒトは体を起こして言う。
「いや、わずかでも魔力があることがわかったことは、お前にとって喜ばしいことであると思う」
その口ぶりに「そんなに喜ばしいことだろうか」と恭一郎は小さく首を傾げる。
「魔力がない状態で、この国で暮らすのは苦労が多いからな……」
その言葉に恭一郎はハッとする。
(あぁ……この人は、俺の向こうにルネ様を見ているのか……)
小さな体で懸命に生きる可愛い妹。誰よりも大きな魔力を持っているのに、そのせいで魔法が使えない妹を不憫に思っているのかもしれない。
(でも……)
「気になさらないでください。私が元々いた世界に、魔法はありません。だから、魔法が使えないことは苦痛ではありませんよ。それに、このお屋敷は魔法が使えなくても不便はありませんし、皆さんよくしてくださいますから」
微笑む恭一郎を、ヴァルツリヒトは目を見開いて見つめる。
「それでも……この屋敷から出られないのは不便だろう?」
「いえ、大丈夫です! こちらのお屋敷の書庫は宝の山のようなものなので、全く困ってません!」
思わず拳を握って前のめりで声を上げてしまった恭一郎は、呆然と自分を見つめるヴァルツリヒトの視線に気づいて一歩下がる。そんな恭一郎の様子に、ヴァルツリヒトはハッとした表情を浮かべた後に小さく笑った。
「それなら良かった」
「はい」
「……不便なことや困ったことはないか?」
急に見せられた笑顔に恭一郎は目を奪われるけれど、それを誤魔化すようにブンブンと腕を顔の前で振って言う。
「特にありません。あ、でも……強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
小さく首を傾げて聞き返してくるヴァルツリヒトの様子が小悪魔染みていて困る。
(……単純に好みの顔をしてるんだよな)
この場合の「好み」とは、恋愛感情に発展するようなものではなく、単純に「好ましい」と感じる顔の造作だと言うことだ。ルネリーザもよく似た顔ではあるが、彼女の顔は少し甘みが強い。
うっかりその表情に見惚れていた恭一郎は、小さく咳払いをすると言葉を続ける。
「強いて言うなら、書庫の本をもっと探しやすくしたいです」
恭一郎の返事が意外だったのだろうか。ヴァルツリヒトは、「ほう」と小さく声を漏らして表情を変える。
「どう言うことだ?」
「現在、主に書庫を利用しているのは私とルネ様です。ですが、私もルネ様も魔法が使えません。ですから、読みたい本を探すときには、どなたかのお手をお借りして魔法で探していただく必要があります」
「ジークなら可能だろう?」
思っていた通りの返事が返ってきて、恭一郎は同意の意を込めて頷く。
「はい。すぐに見つけてくださいます。でも、いつでもすぐに探していただけるわけではありません。ジークさんもお忙しいですから……」
本を探しているのが恭一郎であれば、ジークが暇なときに探してもらえばいい。ジークに時間がなくても、恭一郎には時間はいくらでもある。探している間に別の興味深い本に出会うこともあるので、自分の手で探すのもやぶさかではない。けれど……。
「ルネ様も本を読むのがお好きですが、使用人の皆さんの手を煩わせるのは申し訳ないと思っていいらっしゃるようです」
恭一郎が見る限り、ルネは書庫の入り口近くに置いたお気に入りの本ばかり読んでいるようだった。もちろん、お気に入りは何度読んでも良いものだけれど、新しい本を読む楽しみはそれとはまた別物だ。
「なるほどな……」
(そうなると、書庫の本を探すために魔法が使える者をもう一人雇うか……)
少し考えるような表情を浮かべるヴァルツリヒトに向かって、恭一郎はにっこりと笑みを向ける。
「そこで、ヴァルツリヒト騎士団長にお願いがあるのですが」
「……お願い?」
あまりの満面の笑みの恭一郎に、ヴァルツリヒトは思わず眉を顰める。こういう表情のヤツが言い出すことにいいことはない。ヴァルツリヒトの身近で言うと、国王であるレオンハルトが良からぬことを自分に告げるときは大体こういう顔をしている。
「はい!」
いい返事の恭一郎に、ヴァルツリヒトの不安はますます募るばかりだ。
「……言ってみろ」
それを必ず聞くとは言っていない。
「書庫の整理をさせていただけませんか?」
「書庫の整理?」
恭一郎が言い出したのは、ヴァルツリヒトにとって意外なことだった。恭一郎はというと、ヴァルツリヒトの表情が怪訝なものから少し驚いたような表情に変わったことに気づいて、さらに笑みを深くする。
「こちらのお屋敷の書庫の本は、特にルールもなく並べられています」
「……そうだな」
ヴァルツリヒトは頷く。強いて言うならば「奥にあるのが古いもの」だろう。
「ですので、それを一定のルールに沿って並べ替えることで、魔法が使えない人でも探しやすくすることができるのです!」
恭一郎の世界で言うところの「分類で分けて並べる」という方法だ。恭一郎の知る図書館は、
「ルールに沿って並べてあれば、ルネ様や私でも読みたい本に辿り着くのが格段に早くなるはずです!」
事実、図書館員の多くが一般の利用者よりも早く本を見つけることができるのは、この分類法をマスターしていることが大きい。
「なるほど……」
(もう一押し!)
「ルネ様もルールに沿って本を並べることには賛成でしたよ」
「そうか……」
ふむ……と、顎に手を当てて考えるヴァルツリヒトの顔を見ながら、恭一郎は内心ニヤニヤが止まらない。
(段々この人の扱い方がわかってきた気がする!)
要するに、妹のことが大好きで大切なシスコンなのだ。
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