第17話 こだわりがあるのは、職業柄仕方ない。
「キョーイチロ様、これはどちらに?」
「あ! それは、こっちの山の隣に積んでもらえますか?」
本の山を抱えた恭一郎は、同じように本を抱えるジークに尋ねられて答える。ジークは、恭一郎に言われた場所に本の山を置き、再び書庫へと入っていく。
「キョー様! これは分類が違うみたいです」
敷物の上に本を立てて丁寧に広げて並べていたルネが、顔を上げて恭一郎を見る。
「はーい。確認に行きます」
恭一郎も自分の抱えていた本の山を敷物の上に置き、ルネの元へと向かう。
「これです」
恭一郎は差し出された本をパラパラとめくってみる。確かに、内容が違うようだ。
「そうですね。では、これは一旦あちらの山に置いておいてもらえますか?」
「はい。承知しましたわ」
ニコニコと笑いながら、ルネは戻された本を別の山へと運んでいく。
「何をしているんだ……?」
声をかけられてそちらを見ると、作業をするルネと自分をヴァルツリヒトが怪訝な表情で見ていた。
「お兄様!」
「お! テオ……じゃなかった。旦那様じゃねーか」
ちょうど書庫から出てきたジークも、ヴァルツリヒトに向かって声をかける。普段と違う気安い話し方なのは、今日は彼がオフだからだろう。
「ちょうど良かった。旦那様も手伝ってくれます?」
ヴァルツリヒトは、グイグイと腕を引くルネの頭を軽く撫でて、ジークを軽く睨む。その視線を軽くいなすようにニヤリと笑みを浮かべる。
「旦那様とジークさんは乳兄弟なんですよ」
本を持って書庫から出てきたモニカが、ニコニコとしながら恭一郎に言う。
「ジークさんはお休みの日は執事を休んで、乳兄弟に戻るんだっておっしゃっています」
なるほど。それであの気安さなのか。本当の兄弟同然に育った乳兄弟であれば、普段の信頼も当然なのかもしれない。ヴァルツリヒトの眉間の皺は変わらずに深く、モニカはそれを見てクスクスと笑う。
「何って、先日お話ししましたよね?」
恭一郎は、次の本の山を取るために書庫へと向かいながらヴァルツリヒトの問いに答える。
「……書庫の整理をする……だったか?」
「えぇ、そうです。私だけでは手が足りないと思っていたのですが、ジークさんとモニカさん、それにルネ様もお手伝いくださるとのお申し出をいただいたので、皆の都合が合った本日作業をしております」
本来は冬にやるのがベストではあるが、今日は天気も良く、湿度も高くないので虫干し日和だろう。
「旦那様もお手隙なら、ぜひ」
にっこり微笑むモニカに、ヴァルツリヒトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「暇だから様子見に来たんだよな? な? ちょうど良かった手伝ってくれ」
ヴァルツリヒトの肩に腕を回してジークは言い、ルネもニコニコしながら言う。
「お兄様のお力があれば、あっという間ですわ!」
可愛い妹のお願いに、ヴァルツリヒトは溜め息を吐いて視線を恭一郎へと向ける。
「……何をすればいいんだ?」
「えぇ……と、今は書庫にある本を取り出して、分類ごとに分ける作業と虫干しをしています」
「分類?」
「はい。本を書かれている内容で種類分けするんです」
種類分けしたものを分類に沿って書架へと戻すことで、ルールに沿った本の並びgはできるというわけだ。分類順に本が並んでいるということが、図書館の基本ルールの一つだ。
ちなみに、現代日本では
分類は、全部で十種類。0類の総記で始まり、9類の文学で終わるのは日本十進分類法と同じだが、間のいくつかの分類を変えた。
(この世界は魔法が発達しているせいで、自然科学と工業があちらの世界ほど発達していないんだよな)
「今のところ、俺が該当する分類の本を魔法で光らせて、それを皆で手分けして外に持ってきてたんだけど……」
「お兄様の魔法なら、お外に運び出すところまでもできますわね!」
ルネの言葉にうんうんと頷くのはジークだ。
そう言えば、最初に書庫に案内してもらったときに、ジークがそんなことを言っていたような気がする。
「……お願いできますか?」
恐る恐る聞いてみると、ヴァルツリヒトは大きく溜め息を吐いて、恭一郎の方へと向き直った。
「何の本を集めればいい?」
(!!)
恭一郎は、胸元からメモをした紙を取り出して確認をする。
「えぇっと……。1類から始めて、今は3類をやっているので、分類では社会科学ですね」
「社会科学とやらの本を集めればいいんだな? どんな内容の本だ?」
「社会科学は、政治や経済、法律、教育や風俗習慣、それに国防などに関わる分野です」
スラスラと告げる恭一郎に、ヴァルツリヒトは少しだけ眉を顰めるようにする。
「……多いな。大体でいいんだろう?」
「はい。まずは集めて、細かい内容の精査は改めます」
内容が違うと思われるものは、一旦抜いて別の場所に集めておくことにしている。それも伝えると、ヴァルツリヒトは頷いて書庫の方へと体を向ける。
「わかった。お前は、俺の近くにいろ。倒れそうになったら、肩でも腕でもどこでも好きなところに掴まれ」
「……はい」
屋敷の者には、恭一郎が魔法耐性が低いことは既に周知されている。そして、それがヴァルツリヒトとといることで、軽減されることも。
だがしかし。
なぜだろう。何だかジークとモニカが生暖かい目でこちらを見ている気がする。
(気のせいだ)
きっと多分。
ヴァルツリヒトが歌うように呪文を唱えると、キラキラとした光が書架へと流れ、並ぶ本がふわりと飛び出したかと思うと、静かに指定の場所へと広がっていく。
(綺麗だ……)
フィリックの魔法の光よりもずっと粒子が細かくて、優しくて、温かい。魔法だけでなく、魔法を使うヴァルツリヒトも光の妖精のように見える。
恭一郎はクラリと感じる目眩に、控えめにヴァルツリヒトの服の裾を握る。それだけで、重く感じていた空気がふわりと軽くなり呼吸が楽になる。
「わぁ〜!! お兄様さすがです!」
声を上げるルネに、ほんの少しだけ得意そうな表情になるヴァルツリヒトは、普段のクールな様子からは想像できない。
「次は……魔法科学?」
恭一郎の手元のメモを覗き込んで、ヴァルツリヒトは言う。
「はい。魔法の基本や魔力のこと、この世界の魔法の
「……ややこしいな」
恭一郎の説明を聞いたヴァルツリヒトは、少し面倒くさそうな表情になる。
「すみません」
(でも、司書としては譲れない)
正しい分類のところに本があることで、より本を探すのが楽になるのだ。
恭一郎が小さく頭を下げると、ヴァルツリヒトはグイッと恭一郎を引き寄せてその手を握る。
「なっ!」
「一気にやるから、大人しく手を握っていろ」
確かに、ヴァルツリヒトに触れることで、恭一郎が感じていた目眩と僅かな頭痛が綺麗さっぱりなくなった。
「……ありがとうございます」
「……変なところで遠慮をするな」
言って、ヴァルツリヒトは再び呪文を唱え始めた。
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