第8話 この世界の食事は、どちらかというと味が濃い目。

「ん……」

 カーテンの隙間から柔らかな朝の光の差し込む気配に気づいて、恭一郎は目を覚ます。体を起こして、時計を見ると朝食の時間であると教えられた時刻が近い。

 この世界の時計……というか、時刻の表現は恭一郎がいた世界とは違う。一日が二十四時間であることは同じだが、刻み方が違うのだ。魔力の源となる木火土金水の五つの元素に光と闇を加えた七つの時があり、二十四時間の中で、木火土金水はそれぞれ三時間、光と闇は四時間を担っている。

 時計は今、ひかりの三つ刻半みつどきはん(七時半)を示している。告げられた時間まであと四半刻(三十分)だ。

 恭一郎は、ベッドから出ると寝室の横のバスルームへと向かう。バスルームは、シャワーブースだけでなく、足が伸ばせるほどの広い猫脚のバスタブも置いてある。これで簡易なものだというのだから、何というか言葉にならない。バスルームは各寝室にある他に、大浴場もあるのだという。

 バスルームに備え付けられた洗面台には、赤青二色の装飾が付けられた蛇口がある。その青い方のハンドルをひねると、勢いよく水が出てきた。恭一郎は、パシャパシャと顔を洗い、ついでに軽くうがいもしておく。側に置かれているフワフワのタオルで顔の水を拭うと、すっきりと目が覚めた。

「さて……」

 次は着替え……と、与えられた部屋のクローゼットを開くと……。

「なんだコレ」

 そこには、キラキラとした装飾やビラビラとしたフリルの付いた服がみっちりと詰められていた。その中には、ひっそりと恭一郎が召喚されたときに着ていたスーツもしまわれていた。

(……コレ、俺が着るのか?)

 確かに、恭一郎があちらの世界からこちらの世界へ持ってきた? 服は一着しかない。けれど、だからと言ってコレは……。

(ないな)

 フリルや装飾の付けられた服を避け、ゴソゴソと探した結果、ようやくなんとか着ることのできそうなシンプルなシャツとパンツを見つけて袖を通す。

 ちょうど着替え終わったタイミングで、リビングの方からノックの音が響いた。

「はーい。どうぞー」

 慌てて寝室から飛び出して返事をすると、ジークが頭を下げながら入ってきた。

「失礼します」

「おはようございます、ジークさん」

「おはようございます、キョーイチロ様。朝食の準備ができていますが、いかがいたしますか?」

 食堂でも部屋でも食事はできると言っていたが、わざわざここまで運んでもらうのも申し訳ない。

「食堂でいただきます」

「わかりました。では、ご案内させていただきますね。ご準備はよろしいですか?」

「はい。大丈夫です」

「こちらへどうぞ」

 笑みを浮かべるジークの後について、恭一郎は食堂へと向かう。ちなみに、食堂は二つあるそうだ。夕食を食べるための食堂と朝昼を食べる食堂は別だという。「他に、晩餐会用の食堂もありますよ」と言われて、この屋敷の広さにクラクラした。もちろん、使用人たちが使う食堂は、また別にあるそうだ。

 案内された食堂には、すでにヴァルツリヒトと妹君が揃っていた。空いている席の椅子をジークが引いてくれたので、恭一郎はそこに座る。

「おはようございます。お待たせして申し訳ありません」

 恭一郎が言うと、妹君……ルネが小さな声で挨拶を返してくれた。それに応えるように笑みを向けると、慌てて俯いて目を逸らされてしまう。今後一つ屋根の下で生活する彼らとは、仲良くしていきたいと思っているのだけれど……。

(まぁ、昨日の今日で仲良くはできないか……)

 沈黙をどうしようかと恭一郎が考えていると、すぐに料理が運ばれてきて、次々と並べられる。

(この量は……)

 トロトロのスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、熱々の茹でたソーセージ、ハッシュドポテト、ベイクドビーンズ、焼きトマト、焼きキノコ、新鮮なサラダ、トーストの他にもハード系のパンが数種類。他にもパンケーキやジャムやチョコレートの塗られたパンなどデザート系も数種類。

 好きなもの選べると言えばそうだけれど、食べるのは三人だ。この量は、三人で食べ切れる量ではない。

「お好きなものをお召し上がりくださいね」

「ありがとうございます」

 ジークに言われて、恭一郎は笑顔を貼り付ける。テーブルを挟んで反対側に座るヴァルツリヒトは、自分の前に並ぶ豪華な朝食を優雅にかつ豪快に食べすすめている。そんな彼の隣に座るルネは、小さなお皿に少しずつ好きなものを取り分けて、小鳥が啄むように食べている。

(残すのも申し訳ないんだけど……)

 恭一郎は、並べられた皿の中から、スクランブルエッグとベーコン、トースト、サラダを選ぶ。

 前日の夕食でも感じたことだが、この世界の……というか、この屋敷の料理人は、かなりの腕前の持ち主だと思う。これだけの料理が並んでいても、同じ味付けはなく食べていて飽きはこない。ただ、ただ……恭一郎にとっては少々量が多く、味が少し濃い。

(その細い体のどこに入ってるんだろう……)

 恭一郎は、目の前ですごいスピードで料理を片付けていくヴァルツリヒトを見やる。騎士団に所属しているというから、それなりの訓練を日々行っているのだろう。けれど、見た目は完全にご令嬢なので、脳内がじゃっか見ているだけでお腹いっぱいになりそうで、恭一郎は慌てて自分の食事に集中する。

「食後はコーヒーになさいますか? それとも紅茶にされますか?」

 恭一郎の皿が空き手が止まったところで、ジークが声をかけてくる。

「コーヒーをお願いします」

「承知しました。お砂糖、ミルクはいかがいたしましょう」

「ミルクをお願いします」

 恭一郎が返すとジークは微笑んで頷き、すぐにコーヒーが運ばれてくる。

「熱いのでお気をつけくださいね」

「ありがとうございます」

「食事の後には、屋敷の案内をさせていただこうと思うのですが、よろしいですか?」

「はい!ぜひ」

 ジークの申し出に、恭一郎は笑顔で返す。

 昨日屋敷に到着したのは、もう夜の時間だったので、「案内は明日」と言われていたのだ。これだけ広い敷地の屋敷だ。恭一郎はなんだか探検のようでワクワクしてくる。

(……んだけど)

 なぜだろう。向かいに座って食事をしていたはずのヴァルツリヒトの手が止まり、眉間に深い皺が刻まれている。なんとなく気まずくなって、恭一郎はミルク入りのコーヒーをズズッと小さく音を立てて啜った。

(俺、なんか悪いことしたかなぁ……)

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