第6話 キラキラした人がいるのは、ファンタジー世界のお約束です。
まるでタイミングを見計らったかのように、ノックの音が響く。
「準備ができたようですね」
レオンハルトの言葉に、侍女が扉を開ける。
一瞬、光そのものが、部屋に入ってきたのかと思った。
銀色の髪を長く伸ばして背中に流し、紫水晶のような瞳でレオンハルト見て歩く姿が、凛としていて美しい。レオンハルトの前に片膝をつくと、サラリとその髪が流れる。
『ルネ……リ……デ?』
(? ルネ……?)
頭に響いた言葉に、恭一郎は小さく首を傾げる。
レオンハルトも、輝くような金髪の持ち主であるが、それとは違う輝きを目の前の人は持っている。レオンハルトの髪は太陽の光を反射して明るく輝くが、この銀髪は内側から淡い光が滲み出ているように輝いている。
(……女性騎士?)
身長は恭一郎と同じくらい。騎士団の制服に身を包んだ姿は、屈強な騎士たちとは、比べ物にならないくらいに華奢に見える。とてもじゃないけれど、相対して戦うことなどできそうもない。
「失礼します。馬車の準備が整いました」
耳に優しく響くテノールは、謁見の間で聞いた声だった。
「男か……」
思わず溢れた恭一郎の声を拾ったのだろうか。レオンハルトの前に片膝をついたまま一瞬ムッとした表情をこちらに向けるが、すぐに元のように表情を消す。それを見ていたレオンハルトは、苦笑いを噛み殺したような表情を浮かべる。
(綺麗だな)
恭一郎は、これまでにこんなに綺麗な紫色の瞳を見たことがない。一瞬向けられた瞳は、吸い込まれそうなくらいに美しかった。
「キョーイチロー殿、彼は王国騎士団の中でも魔法と剣技に優れた者のみが入団を許される魔法騎士団の団長です。今後あなたには彼の管理する屋敷に留まっていただくことになります」
「はぁ……でも、突然俺なんかがお邪魔しては迷惑になるのでは?
「とんでもないですよ。むしろ光栄なことです」
(いや、光栄に思うかどうかは、この騎士様次第なんじゃ……)
なんて、思っていても口にはできない。
「それでは、私はこれで失礼しますね。テオ、あとは頼んだよ」
「はっ」
そう言うと、レオンハルトは頭を下げるテオの肩を軽く叩いて、部屋を出ていった。続いて護衛の騎士や侍女たちも部屋を出ていく。後に残ったのはテオ……と呼ばれていた騎士と恭一郎の二人だけだった。
騎士は立ち上がると、ジロリと恭一郎に視線をやり、扉の方へと向かっていく。
「行くぞ」
「えっ?! ちょ……!!」
恭一郎は、慌てて前を行く騎士の後を追った。
(……気まずい)
ガタゴトと馬車に揺られ始めて数分が過ぎた。恭一郎の向かいには、先ほどの騎士が腕を組んで目を閉じて座っている。
行くぞと言われてついてきた先にいた馬車に乗り込んだまでは良かった。けれど、まさか騎士様が一緒に乗るとは思ってもおらず……。
(さっきの件もあって、気まずいんだよ〜)
思わず出てしまった心の声を聞かれてしまったのはまずかった。とは言え、こうなってしまっては仕方がない。心の中で小さく息を吐いた恭一郎は、こっそり目の前の騎士を改めて観察する。
(身長は少しだけ騎士様の方が高い。でも、きっと騎士の中では小柄なんだろうなぁ……護衛の騎士さんたちはムキムキだったもんな)
顔の造作や体型も騎士というよりは、文官の風情の方が強い。というか、顔だけをとってみれば、恭一郎が知るどの芸能人よりも美しい。これくらいの身長の女性は、普通にいるので、黙っていれば間違われることもありそうだ。鋭い瞳は、ちょっとキツく見えるけれど、それがイイという輩も少なくないだろう。
(でも、声はちゃんと男なんだよな……)
耳に心地よく響く、透明感のあるテノール。まだ短い言葉しか聞いていないけれど、いつまでも聞いていたくなるような心地よさがある。
恭一郎がじっと見つめていると、視線に気付いたのだろうか、騎士が溜め息を吐きながら瞼を開いた。
「……何だ」
「あの……お名前を伺っていなかったなと思って」
ワタワタと言う恭一郎に、騎士は大きく息を吐いてその紫色の瞳を恭一郎へと向ける。
「テオドゥルフ・ヴァルツリヒト」
テオドゥルフ・ヴァルツリヒト……。
小さく口の中で復唱をしてみると、何だかほんの少しだけ違和感を感じる。けれど、その違和感が何なのかは、恭一郎にはわからない。
「ヴァルツリヒト様ですね。私は、青木恭一郎です」
「知っている」
(……そうですか)
ヴァルツリヒトは、大きく息を吐いて再び目を閉じた。
(先が思いやられるな……)
恭一郎は、窓の外へと視線を向けて、こっそり息を吐いた。
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