第4話 どうやら俺に魔法は向いてないようです。
恭一郎は、小さく溜め息を吐いて意識を現実へと戻す。
今、恭一郎は、赤い絨毯が敷き詰められた床に片足を立て跪いて頭を下げている。隣には同じように首を垂れるフィリックがいる。左右には、中近世ヨーロッパ風の服装に身を包んだ人たちが並び、その背後には腰に剣を佩いた騎士が壁に沿って並んでいる。
「面を上げよ」
告げる声は、思っていたよりも若々しい。
フィリックが顔を上げた気配に習って、恭一郎も頭を上げる。正面の三段ほどある階段が目に入り、続いて足元から順に見上げると、最後に濃い青の瞳にぶつかった。
目の前にいる彼が、この国の国王陛下だという。なるほど。金髪碧眼の美丈夫で、何とも王様らしいお姿をしてらっしゃる。幼い頃に先王である父を亡くした現国王陛下は、幼くして王位をお継ぎになられたとのこと。善政を敷いたと言われる先王の治世ではあったが、現王はさらに踏み込んだ改革を行い、国は以前よりもずっと豊かになったという。フィリックと共に医務室からこの謁見の間に移動してくる間に、ざっくりとした説明は聞いてはいたが思っていたよりもずっと若い。
(……?)
恭一郎と目が合った瞬間。その青い瞳が、驚いたように見開かれた。が、すぐに穏やかな、けれども感情の読めない表情へと変わる。
「報告せよ」
静かな室内に快活な声が響き、その後にフィリックの声が続く。
「はっ。使徒様のお身体を診させていただきましたが、お怪我やご病気などもなく健康状態は良好です。ただ……」
「ただ?」
(ただ?)
言い淀むフィリックに、先を促すように王が言葉を重ねる。恭一郎は、何だか嫌な予感がしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「ただ、使徒様のお体には、魔力の気配がありません」
「……魔力がない……ということか?」
王の言葉に、周囲に並ぶ側近たちが騒めく。
「魔力がない……だと?」
「そんな馬鹿な……」
「今までにそのような話は、聞いたことがないぞ!」
騒めきが広がり、喧騒へと変わろうとしたとき。王は片手を上げて、周囲を制した。
「説明しろ」
「はい。先ほども申し上げました通り、健康状態には何の問題もありません。ただ、簡易な光鑑定をさせていただいた限りでは、魔力はおろか、魔素のかけらも感知できませんでした」
「つまり?」
「使徒様には、瘴花を消すことができないと思われます」
(……しょうか? 消火でも消化でもないよな……)
言葉の意味がわからず、心の中で首を傾げる恭一郎をよそに、周囲には落胆の空気が広がる。
(俺にその『しょうか』とやらを消して欲しかったのか)
それがつまりこの国を脅かす危機とやらなのだろう。
「ふむ……。それは困ったな」
少しも困ったような様子は見せずに、王は軽く顎を撫でて呟く。
「また、魔力への耐性もなく、魔法にも強い影響を受けられるようです」
「具体的には?」
「近くで大きな魔力が動いたり、ご自身に対して魔法が使われたりした場合、体調を崩されたり、意識を失われたりするでしょう」
(なるほど。この世界に来た直後や魔法で診察された時に気を失ったのはそのせいか)
フィリックの話を聞きながら、恭一郎は心の中で納得する。
でも、それって事前に話してくれてもいいんじゃねーの? とは思っていても口には出さない。王に一番に報告しなければならないなどのルールがあるのかもしれないし。
(大体、元々いた世界には、魔法なんてものは存在しないんだから、耐性がないのも当然だな)
流行りの異世界召喚小説の聖女様たちが、ホイホイと魔法を使えたり何の違和感もなく世界に馴染んでいる方が、ちょっとどうかしているのだ。
「陛下!恐れながら申し上げます」
恭一郎たちよりも王に近い位置に立っていた初老の男が、手を上げて進み出る。服装からして、聖職者か何かだろうか。刺繍の施された重そうな長衣に、精緻な細工の大きな杖のようなものを持っている。身につけている装飾品も煌びやかで、その腹にも何かを溜め込んでいそうで、とても清廉な聖職者とは思えない出立だ。
「何だ、大司教」
「先のお話では、使徒様は教会でお預かりするというお話でしたが……」
どうやら恭一郎が到着する前にも、この場では話し合い? 行われていたようだ。そして、その議題はどこで恭一郎の身柄を預かるか……という内容だったと推測される。話し合い? の結果、恭一郎は教会預かりになるはずだったようではあるが……。
「魔力に耐性がないのであれば、教会での生活は難しいだろうな」
王の言葉に、大司教の表情がパァっと明るくなる。その表情を見て、恭一郎は何となく自分の立場がどんなものなのかを察した。
(『しょうか』とやらを消すことができない俺は、お荷物ってことか……)
王は少し考えるような仕草を見せ、視線を恭一郎の後方へと向ける。
「ヴァルツリヒト」
「はっ」
呼ばれて返された声は透明感のあるテノールで、短い発声であるにも関わらず思わず聞き惚れてしまいそうになる。
「お前の管理する屋敷に使徒様をお迎えしろ」
王の言葉の後に、しばし間が開く。
「……………………はい」
「では、使徒様」
恭一郎は声をかけられ、ハッとして目の前のどこか子供のような笑みを浮かべた王と目を合わせる。
(……なんでだろう。この目を俺は知っている気がする。いやいや、こんなイケメン知り合いにいねーわ)
「準備ができるまでどうぞお寛ぎください」
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