第3話 初めて見た魔法は、キラキラしていて綺麗でした。

「はぁーーーー??!!?!?!」

 恭一郎は、声を上げながら飛び起きた。その声は、見慣れない天井に反射して、部屋中に大きく響く。

「ってか、誰だよ!!」

「!! 失礼しました!!」

 恭一郎の叫ぶような声に、側にいた女性が、ガチャンと音をさせてお盆を置き、慌てた様子で離れていく。

(しまった!)

「ちがっ……」

 違うんです、という言葉は、結局彼女に届くことはなかった。恭一郎は、盆の上の水差しらしき入れ物と伏せたグラスに目をやって、大きく息を吐いた。

 違うんです。『誰だよ』は、夢? の中のあいつに言った言葉なんです。……なんてことを言ったところで、きっと信じてはもらえないだろうけれど。

「……お目覚めですか?」

 声とともに、人が近づいてくる気配を感じて、恭一郎は周囲を見回す。どうやら自分はベッドに寝かせられているようで、周囲がカーテンで仕切られているので、医務室や病室のようなところだと推測できる。

(となると、やってくるのは医者か?)

「お目覚めですか?使徒様」

 カーテンが開けられて、男が姿を表す。くすんだ少し癖のある金髪を耳の下あたりで緩く結び、その顔ににこやかな笑顔を浮かべている。眼鏡の奥で輝く瞳は、濃い茶色だ。白衣を着ていることから、やはり医者か何かなのだろう。

「……しとさま?」

 言葉の意味がわからず、恭一郎は小首を傾げる。

 使途、使徒、死都、史都……。色々な漢字が思い浮かぶ。けれど、敬称が付くのであればアレとなるだろう。

(神の遣いなどを表すアレか?)

 イエス・キリストから選ばれた十二人の弟子のことを指すことも多いが、ここでの使われ方は『神の遣い』だろう。

「いや、俺は……」

「ちょっと診させてくださいね」

 言いかけた恭一郎を遮るように、彼は恭一郎の額に手を当てて熱を測り、手首を持って脈を確認する。そこで初めて、恭一郎は自分が検査着のようなものを着せられていることに気付く。

(俺のスーツは?)

 スーツのポケットには、財布もスマホも入っていた。この世界で使えるとは思えないが、元の世界に戻るときに手元にないのは困る。あとで、どこにやったのか聞いておかねば……と心に決める。

「体調は問題なさそうですね」

「……ありがとうございます? ……ところで、使徒って……」

「ご自身でおっしゃっていたではないですか。『神の使徒』と」

 そういえば、気を失う直前に、そんな声が聞こえた気もする。

 恭一郎は、何だか急に喉の渇きを感じてベッドサイドに置かれた水差しに手を伸ばす。すると、男の後についてきた女性が、その手を押さえるようにグラスに水を注いで恭一郎へ差し出す。それを小さく頭を下げて受け取ると、恭一郎は一気に飲み干した。

(なんていうか、展開にいまいちついていけない)

「申し遅れました。私は、王宮治療室室長のフィリック・エルクツーアと申します。フィリックとお呼びください」

(おうきゅうちりょうしつしつちょう……)

 大層な肩書きと思われる人物に、丁寧に頭を下げられ、恐縮しながら恭一郎もペコリと頭を下げる。

「では、少しお身体診させていただきますね」

「え、あ、はい」

 フィリックはにっこりと微笑むと、ベッドから体を起こした恭一郎を囲むように腕を広げて穏やかな声音で歌うように言葉を紡ぎ始める。それと同時に、彼の周りを金色に輝く糸が舞い始めた。

(これは……?)

 身体を診ると言われたので、てっきり上半身裸になって聴診器でも当てられるのかと思っていたけれど、どうやら違うようだ。フィリックの周りを囲んでいた金色の光の糸は、今は恭一郎の身体を囲み、上から下へと流れていく。

(CT撮ってるみたいな……?)

 つまり、これが彼らの言う『診る』ということなのだろう。

(魔法……?)

 自分自身が召喚されたことからも薄々感じていたことではあるが、この世界はどうやら魔法がある世界らしい。

 今や恭一郎は、金色の光に繭のように覆われている。光越しに見る世界は、近くにあるはずなのに遠くにあるようで、ただただ穏やかな温もりの中にいる。

(……綺麗だ)

 初めて間近で感じる魔法をどこか夢心地で、うっとりとした気分で恭一郎は瞳を閉じた。


 こう短時間のうちに、何度も同じ場所に来るとさすがに驚きは少ない。

 何だか見慣れた闇の中に浮かぶ姿に、恭一郎は大きく息を吐く。黒目黒髪の至って平凡な見た目の男を前にして、思わず半眼で睨むような顔になってしまうのも許してほしい。

「で。お前は何者だ? いわゆるこの世界の神ってヤツなの?」

 恭一郎の言葉に、男は苦笑を浮かべる。

『自らを神と名乗るのは烏滸がましいが……そう呼ぶ者もいるのは確かだ。俺はユタ。……まぁ、この国を見守る者だ』

「見守る者?」

 自らを『ユタ』と名乗る男の言葉に、恭一郎は眉を顰める。

『この世界の知恵袋とでも思ってくれればいいよ』

 知恵袋とは、また古風な言い回しだ。でも……

(知恵袋と言うのであれば……)

「ここはどこで、俺は何でここにいるんだ?」

『ここと言うのが、この空間を指すのであれば、ここは君の夢の中……無意識の中に広がる空間とでも言えばいいかな? で、ここと言うのが、君が召喚された世界のことなら、お察しの通り君の生きる世界とは違う世界だ。そして、さっきも言った通り、君が召喚されたのは人違いだ』

 改めて突きつけられた事実に、恭一郎はがっくりと肩を落とす。

『そして、申し訳ないが、今のところ召喚された人間を元の世界に戻す術はない』

 突きつけられた現実に、気を失っているはずの恭一郎だが、くらりと目眩を感じた。


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