第2話 これが流行りの異世界召喚?!

 光が収まり、周囲が騒ついていることを感じた恭一郎は、閉じていた目をゆっくりと開く。眩しくてよく見えないけれど、どうやら見慣れぬ服装をした人たちが、少し距離を置いて自分を取り囲んでいるようだ。

(な……何だ……?)

 少し目が慣れてきたので、くるりと視線を回してみる。場所はどうやら室内。石造りの建物のようだ。宗教施設だろうか。視線の先には、石像の置かれた祭壇のようなものが見える。天窓から眩しいほどの光が、恭一郎の身に降り注いでいる。

 周りにいる人たちが着ている服は、中世から近世ヨーロッパ風だ。『風』というのは、あくまで恭一郎が知っている範囲での感想であり、正確な時代なんかはわからないからだ。その多くが、恭一郎よりも明るい髪色をしており、中には奇抜とも言えそうな緑や青の髪色も見える。同じく瞳の色も様々だ。

 恭一郎の近くには、聖職者らしき服装の人たちがいて、その先には貴族だろうか。豪奢な服に身を包んだ人たちが、身を乗り出すようにこちらを見ているのが見える。その瞳は、興味と不安とが入り混じって爛々と輝いている。

「聖……女? ……様?」

 恭一郎の一番近くにいる聖職者が口を開いた。

「せ……い、じょ?」

 それは最近流行っている色々な小説でよく見かけるフレーズだ。小説の中での聖女は、元々その世界の住人であったり、転生者であったり、召喚されたりとバックグラウンドは様々だが、彼女たちは一様に国や世界を救う『聖なる力』を持っている。そして、その多くが十代後半の少女たちだ。もちろん、例外もあるけれど。

(……少なくとも、俺は『女性』ではない)

 恭一郎自身は、中肉中背で平均的な日本人らしい見た目の、れっきとした成人男性だと言い切れる。もう数年もしたら、三十路みそじを超えていよいよおっさんに向けての一歩を踏み出す予定だ。

『せ……じょ、と……ぃう……より……かみ……の……つか……ぃ』

 恭一郎の頭の中に声が響く。けれど、ノイズが混じって聞き取りづらい。

(か……みの……つかい……? 神の……遣い……)

「かみ……の……し……と?」

 呟きとほぼ同時に、恭一郎の視界がぐらりと揺らぎ、体がかしぐ。

(やばい……!)

 綺麗に磨かれた床が近付いてきて、恭一郎は反射的に目を閉じる。けれど、衝撃を感じる前にふわりと何かに包まれた。

(温かい……)

 その温もりに不安でいっぱいだった心が、ほんの少しだけ緩んだ。それと共に恭一郎の意識は、そのまま再び闇の中へと沈んでいった。


 目を開くと、見覚えのある暗い空間に、これまた見覚えのある人影が立っていた。

『悪いな。こんなつもりじゃなかったんだけど……』

「どういうことだ?」

 こんなつもりでなければ、どんなつもりだったんだろうと思いながら、恭一郎は問い返す。

『簡単に言うと、人違いだ』

 …………

「は?」

『まぁ、後で説明はあると思うんだけど、この国は今存続の危機に瀕していてな。その危機を回避するためには、聖なる光の力を持ったものが必要なんだ。で、そいつを別の世界から召喚しようとしたんだけど……』

(えーと?)

 状況を整理しよう。

 まず、先ほどの見知らぬ場所は、恭一郎から見て言えば自分の暮らす世界とは違う『異世界』の『とある国』ということになるようだ。そして、彼らは国の危機を救うために、別の世界から聖なる力を持つもの……いわゆる聖女を召喚しようとしていた。が、なぜだか今ここにいるのは恭一郎だ。

(つまり)

「……間違えたのか?」

 男は気まずげに視線を逸らす。その仕草が、全てを物語っている。

 つまり、この、今目の前に立つ、何の取り柄もなさそうな男の手違いで、本来なら来るはずの聖女ではなく恭一郎が召喚されてしまったということらしい。自分の世界で見た最後の状況から考えると、多分恭一郎の前を歩いていた女子高生が、本来召喚されるはずだった聖女なのだろう。そして、彼女の後をついて回っていた青白い光が、召喚の魔法陣だったのだ。

『聖なる力を持つ者を呼び出す魔法陣が、あんたの方に反応しちまったみたいでな』

 まさか、最近職場での購入リクエストも多い異世界召喚の物語が自分に降りかかってくるとは、人生何が起きるかわからない。ましてや、それが『人違い』だなんて。

(でも、だったら……)

「人違いなら、俺を元の世界に帰してくれ」

 恭一郎の言葉に、男は再びついと目を逸らす。

 …………

(まさか)

『今のところ、こちらに来た者を元の世界に戻す術はない』

「はぁーーーー??!!?!?!」

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