#憧れの人は恥ずかしい動画で脅されます

 長瀬のあが店長にバックヤードに連れ込まれてから、随分と時間が経った気がする。

 俺は布団から出られない冬の朝の様に、意味もなく路地裏に座り込んでいた。


 片桐は既に帰ってしまったらしい。

 店長がせっかく手に入れたおもちゃをすぐに手放す筈もないし、実際待っていても時間の無駄だ。


「待ってても……俺は何を待っているんだ……」


 なにもない。なにも手に入る訳じゃないし、長瀬のあに謝れるわけじゃない。

 俺がここにいる意味なんてなにもないんだ。


「……店長から?」


 自分のスマホに着信があり、確認すると店長からのメッセージだった。


『言う事聞いたら、目の前で消してやるって約束だから、一旦元データ送っとく。後で返せよ』


 メッセージを読み終わると、動画データが送られてきた。

 動画のサムネイルは、長瀬のあが立っているものだった。


 どうやら店長が椅子に座り、目の前に長瀬のあを立たせて撮影しているらしかった。


(言う事聞いたら、目の前で消してやるって約束?)


 長瀬のあが消して欲しいという動画を撮り、それを消す代わりに言う事を聞かせているという訳か?

 言うことを聞いた交換条件として目の前で動画は消すものの、元データは既に俺に送り終わっている絡繰りだろう。


 つまり長瀬のあは店長の言いなりになっても、恥ずかしいデータが残ったまま。解放される事は無いわけだ。

 俺が消してあげればいいのだろうが、そうなると俺が店長から逃げられなくなってしまう。


 いや、店長のトーク画面に残っているだろうから、消しても意味ないのか。


(……それよりも…)


 この動画は、長瀬のあが言いなりになる程恥ずかしい動画なのか。

 ゴクリと喉が鳴る。指が震えてうまく再生ボタンを押せない。


 冬だというのに汗が出てくる。

 額を袖で拭い、指の湿りをズボンで拭いた。


 一つ息を吐き、再生ボタンを慎重にタップする。

 動画が縦画面で再生されたので、急いで止めて横画面に切り替えた。


 一瞬動いた動画からは、泣きそうな長瀬のあの声が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る