#憧れの人を惚れさせるそうです
全体的に暗い雰囲気のカラオケ屋。
掃除は行き届いておらず、マイクなどの機器も煩雑に置かれている。
一目見ただけで治安が悪そうなこの店は、実際に不良たちのたまり場になっている。
中田の知り合いの店らしく、特にこいつがやりたい放題していた。
「てめー!どういうつもりだって言ってんだよ!」
「ぐ!」
中田に顔面を殴られ、吹き飛んでしまう。
ソファーに体をぶつけ、体が変な風に曲がる。
「ま……待ってくれ!誤解なんだ……」
ずるずると床にへたり込みながら、中田に命乞いをする。
我ながら情けないが、仕方がない。
中田に呼び出しを受け、カラオケ屋に行くとパーティールームに通された。
中田と4人の手下が待ち構えており、いきなり殴り付けられたのだ。
こいつらに腕力で適うはずがない。
しかもこの店は中田がどれだけ暴力をふるおうが、好き勝手しようがお構いなしだ。
さすがに人が死ぬようなことが起これば止めに来るだろうが、その直前まではマジで行きかねない。
「誤解だぁ?」
「けはっ!」
中田が不機嫌を吐きながら、胸を蹴り飛ばしてきた。
痛みと衝撃に息ができなくなるが、それでも声を絞り出した。
「その4人が……勝手に長瀬のあをヤろうとしてたから……ヤリトイレに連れ込んで…………中田くんに黙って……やろうとしてたのかと…だから、止めた……だけ……ぐぅ!」
更に顔面を蹴りつけられ、景色が回転する。
一瞬視界が消え、気が付いたら90度回転した壁を眺めていた。
「てめーら、長瀬をヤろうとしてたのか?痴漢して脅せっていっただけだろ!」
「や、やろうとなんてしてねーよ!中田君が狙ってる女に手を出すだなんて……そいつが出鱈目言ってるだけだろ!」
「……だと言ってるが、嘘吐きはどっちだ?」
4人に確認した後、中田が鬼のような形相を向けてくる。
手下どもは俺が嘘を言っているという事で押し通す気だろう。
こんな奴に証拠を揃えて、理詰めで説得しても無意味だ。
きっと何も理解せず、声が多い方を正しいと思うに決まっている。
なら俺は俺で身を守るしかないのだろう。
あの4人よりも俺の方が、役に立つと思わせるしかない。
「待って……くれ……長瀬のあのスマホを手に入れたんだ……」
ポケットからピンクのスマホを取り出し、中田に見せる。
痴漢された時に長瀬のあが落とし、片桐が拾っていたらしい。
片桐に連絡すると手に余っていたとのことなので、代わりに返してやると言って渡して貰ったものだ。
ロックも設定で掛からないように変えてあるし、長瀬のあの情報が欲しい中田としても有用なものに違いない。
「へぇ……貸せ!」
中田は分かり易く下卑た笑みを浮かべると、俺の手からスマホをむしり取った。
しばらくスマホを弄っていたが、やがて確認を投げかけてきた。
「てめーは、長瀬に顔を見せたのか?」
「い、いや……フードもマスクも外してない……名前も連絡先も教えてない……」
こんな俺を信用して泣きついてくれた長瀬のあに申し訳なくて。
顔も素性も明かすことができなかった。
「いいだろう。服を脱げ」
「え?」
「あ?したがわねーのか?」
「わ、分かったよ!」
中田の圧に押され、訳の分からないまま服を脱ぐ。
屈辱的ではあるが、直り掛けている中田の機嫌を損ねる訳にはいかない。
「この服とスマホは貰っていく。殺すつもりだったけど、上手く立ちまわったな」
「ど……どうするつもりなんだ……?」
「この服を着て、てめーの振りして長瀬にスマホを返してやるんだよ。きっと俺をヒーローだと思って、惚れちまう筈だぜ」
な……に………?
「返す当ては……?」
「由美が長瀬の知り合いなんだよ。あいつ別れたいって言って以来連絡返して来ねーけど、長瀬のスマホ返すためだって言えば手伝うだろ」
由美……なんで由美が……別れるって……付き合ってるのか…?
「あ?バカみてーな顔してるなよ。とにかくよくやった。これで長瀬は俺のもんだ」
中田が俺の前にかがみ、何か硬いもので頭をコツコツと叩いて来る。
反射的に手をやると、長瀬のあのとは違うスマホだった。
「長瀬をストーカーして脅す用のスマホだ。てめーにやるよ。長瀬を家に連れ込んだ時に、見付かってバレても面倒だしよ」
俺を嘲るように口元を歪めると、中田は立ち上がってパーティールームから出ていった。
手下4人は何が起きたのか分からず、戸惑っている様子。
捨て台詞の代わりとばかりに睨みつけてくると、中田に続いて部屋を出ていった。
部屋には裸の俺と、長瀬のあをストーカーする用?のスマホが転がっている。
店長に制服でも借りて帰るかとどこか冷静に考えながら、抱きしめた長瀬のあの感触を思い出す。
彼女の笑顔が俺じゃない誰かに向けられるのかと思うと、体温が急激に下がる気がした。
暖房の効いていないだだっ広いパーティールームで、ただ寒さに震えることしかできなかった。
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