#憧れの人が男子トイレに連れ込まれました

 放るようにタクシー代金を払い、お釣りも受け取らずに道に飛び出す。

 ガードレールを飛び越えて、駅の改札へと走った。


 風圧でフードが上がりそうになったので、走りながら目深にかぶり直す。


 最近クラスで、制服の下にフード付きのパーカーを着るのが流行っている。たぶん校則違反だが、先生たちはなにも言ってはこない。

 もともと風紀が乱れた学校なので、着るものがおかしくても、一々注意などしてられないのだろう。


 もちろん俺も量産型にパーカーを着用。今はパーカーのフードをおでこの下まで下げ、顔にはマスクをしっかりつける不振者みたいな格好になっている。

 中田の手下たちに、顔を見られる訳にはいかないからだ。


 痴漢している四人に関われば、片桐が病院送りになると言ったが、それは俺も一緒だ。

 むしろ顔見知りの俺の方が、酷い事になる可能性が高い。


「ああ……もう!!」


 ICカードの読み取りがうまくいかず、改札口にぶつかってしまう。

 一歩戻ってICカードを叩きつける様に接触させる。やっと開いた改札口から、男子トイレに一直線に向かった。


 俺がどうなってでも長瀬のあを救わなくてはいけない。

 そんなヒーローみたいなことを、考えている訳じゃない。


 ただこんなひどい話があってたまるか!残酷にも程がある。

 色々と間違えた末にこんな所に立っている俺だけど、だからこそ、そこに意味を見出したい。


「長瀬のあさん!居るか!?」


 男子便所の小汚いドアを、体当たりをするように開ける。

 途端に腐った小便の匂いが鼻腔を突き、脳の奥がツンとする。


 誰も……いない?


 男子便所の中には誰も居ない。

 脱げ掛けていたフードを被り直しながら、トイレの奥まで進む。


 誰もいない。

 大便の扉も全て開いており、このトイレの中には俺しかいなかった。


(もう遅かったのか……いや、片桐がリアルタイムならそれは無い。駅を間違えた?いや……片桐がリアルタイムだって限らないんじゃ?)


 じゃあ長瀬のあは今頃……あのサルども4人に………どこか別の場所に連れ込まれて…………下着姿で………裸にされ……もうとっくに……


 ドクドクドクドクと、耳の奥が血流で圧迫される。

 手足がしびれたみたいに感覚が無くなっていき、視界が虹色に歪んでいく。


 ドン


 と音が鳴り、ハッと意識が戻る。

 どうやらふらついて、トイレの壁に肩をぶつけたようだった。


「う……」


 壁から離れようと力を入れたら、気持ち悪さがゴポリと腹から上がってきた。

 風邪をひいた時みたいに、寒いような熱いような曖昧さが広がっていく。


 なにより―――て、上手く立つことができなかった。


「あ?」


 グラグラする頭に苦しんでいると、トイレの外から下卑た笑い声が聞こえてきた。


 今日は朝までかわいがってやる淫乱女だの、マンパンまで注ぎまくってやるだの。

 胸糞悪い悪党みたいなことを言っているようだった。


「あ?テメー誰だよ!!」


 乱暴に扉が開き、粗暴な声と3人の男達が男子トイレに入ってきた。


 ああ――そうだったのかと、頭が一気に冷める気がした。


 ガタイのいい男が俺に一歩近づいて来る。

 すると男の体に隠されていた、女の子の姿が目に入った。


 女の子はスカートを脱がされ、シャツを破られ、ブラもずらされ。乱暴に掴まれたのか、少し赤くなった片方の乳房が露わになっていた。

 口にはタオルを詰められ、右手と左手は、それぞれ左右に立つ男のズボンの中に突っ込まれている。


 恐らくベルトを固く締め、抜けないようにしてあるのだろう。

 ドアの外には見張りとして、4人目の男がいると思われる。


 ――内腿がテラテラと艶めかしい。


 女の子は目に涙を溜め、諦めたように震えている。

 一瞬目が合ったが、顔を隠した怪しい風貌の俺をどう思ったのだろうか。目を瞑り下を向いてしまった。


 長い黒髪にシュッとした小顔。泣いた顔もすごくかわいい女の子。


 俺の憧れの人。

 長瀬のあに間違いなかった。

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