第四話 出発
教会の祭壇までフロール・ヴァレンヌの棺を運び出すと、翼廊で本を読んでいた少年少女たちの中からシェリダが歩いてやって来た。
「お兄ちゃん、これは何?」
訊かれて、ヴェーチルは苦笑を浮かべた。
「ちょっとこれから教会のお手伝いをすることになったんだよ。シェリダはここで待っていられる?」
「うん、大丈夫」
シェリダに純粋な笑みを向けられて、ヴェーチルは悲しそうに頷いた。
「ごめん……。ありがとう」
物分かりがいいゆえに、妹の笑顔がヴェーチルの胸を苦しくさせた。
「レーンさんって、御者席に乗ったことありますか?」
ジェインに唐突に質問されて、レーンは目をパチクリと開いた。
「えっ、馬車を運転するのか?」
「……できますか?」
真正面から真剣な顔で問われて、レーンは目を逸らすことができなかった。
「たぶん、できるとは思う。だけど、その……こういうものを運んだことはないよ?」
「お願いします、レーンさん。どうか、ネルソン村まで」
ジェインは深く頭を下げた。
「……わ、分かった。俺でよければ御者を務めよう」
「ジェイン……!」
客車に乗り込もうとした間際で呼びかけたのは、リード牧師だった。
「何?」
冷めたように返事をして、ジェインは父親を見る。
「……申し訳ない」
声を震わせながら謝るその姿は、ダンベルグ教会の牧師とはかけ離れた弱々しい姿だった。
ケースの中で眠る先代牧師も、項垂れているジェインの父も、アンドラ王時代からの正当な聖職者でありながら、恐ろしいほどに人間なのだ。
それは、アンドラ王にも言えることであり、彼がどれほど街のために尽くし、神聖視され、神の意思すら服従させたとしても、それでも彼もまた同じ人間なのだ。
「生きていても、死んでいても、人間の苦しみは変わらないのかもしれないね……」
馬車で揺られながら、ヴェーチルはこぼすように呟いた。
ジェインは両目にじんわりと涙を溜めたまま、堪えるように膝の上で両拳を強く握りしめている。
「……君は本当に強いよ。辛かったろうに、本当によく頑張ったね。ここまでありがとう、ジェイン」
ジェインは無言のまま、ポロリと涙を落とした。
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