第五話 再訪

「レーンさん! ここで停止してください!」

 客車の小窓を開けたヴェーチルが、前方御者台のレーンに呼びかけた。

「ああ、分かった!」


 馬車を降りた後、ヴェーチルはネルソン村の風景を見回した。真っ先に目に入ったあの赤い屋根はルーアの家である。

「ここで少し待っていてください。……もう一人、同席させたい人がいるので」

 ヴェーチルは村道から村へと駆け足で下りていく。

 幸いにもルーアは牛舎周りで仕事をしている最中だった。


「ルーア!」

 ヴェーチルの呼び声にすぐ反応があったが、ルーアは驚きの表情を浮かべていた。

「えっ? どうしたの? なんでヴェーチルがネルソン村に?」

 ルーアは手に持っていた物を地面に置く。

「どうしてもルーアに来て欲しくて。……これから、アマリウスの丘に行って、フロール・ヴァレンヌの棺を埋葬しようと思う」

 目を丸くしたルーアが、塞がらない口を両手で覆う。

「まさか、ここまで持って来たの⁈」

「うん。だから、ルーアにも立ち会って欲しい。埋葬したらどうなるか分からないし、ルーアが仕事中なのも分かっているんだけど、どうしても……」

 ルーアは迷うことなく頷いた。フロールの埋葬が死者にとって何よりも最優先事項であることを、ルーアは強く認識していた。

「分かった。でもちょっと待ってて、お母さんに少し散歩してくるって言ってくるから」

 そう言って、ルーアは一度家の中に戻っていった。


「そういえば、アルジントは?」

 母親の許諾を得て戻ってきたルーアが真っ先に訊いた。当然の疑問である。

「アルジントはいないよ。……ほら、イルバ・マルサスの負の連鎖を止めるために、俺たちとは別行動をしてたから」

 ヴェーチルは答えた。随分と抽象的な説明だったかもしれないと思いながらも、それ以上うまく言葉で伝えることができなかった。真実を誰かに伝えることの難しさを知り、途端にそれを今までやってきたウェリティやアルジントのことを思い出す。

「ごめん、ルーア。俺にはいい表現が思い浮かばなくて……」

「……ううん。そうだったよね」

 そう言って納得しようとするルーアの声は、消え入るように小さかった。何かを察したような反応だったが、それ以上はお互いに何も言うことはなかった。


 村道に立ち並んだ木の幹に馬車を停めて、フロールの棺を運び出した。そのまま村道から村へと下りて、できるだけ民家を避けるようにアマリウスの丘の麓へと向かう。

 もっとも体力のあるレーンが棺の下方を持ち、男性三人がかりで白布に覆われた棺を丘の上へ運んだ。

 ルーアが地面を掘るためのスコップを二本持ち、先頭に立って腰丈まで伸びた草原を掻き分けて進む。

「もうすぐ、頂上です!」

 若干息を切らしたルーアが報告する。目的地が近いということが分かり、最後のひと踏ん張りに気合が入る。



 到着したアマリウスの丘の上、そこにそびえ立つリンデンバウムの樹をヴェーチルは見上げた。

 一人の男性がこちらを見ていることに気がついて、瞬時に息を飲む。

「誰か、いる……」


 その男性は簡素な麻布を着ただけの服装で、まるで時代錯誤を思わせる庶民の姿をしていた。

 だが、滲み出る育ちの良さが、その立ち姿に表れている。


「そうか……。帰ってきたのか……」

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