第七章

 第一話 神の代弁者

「ヴェーチルくん、今日は学校に行かないのかい?」


 午前六時一〇分。鐘塔から戻ってきたヴェーチルに、リード牧師が訊いた。平日でありながら制服を身に纏わず、いつもは持たない大きな鞄を肩から提げているヴェーチルに、違和感を覚えたのだ。


「リード牧師。実はお伝えしたいことがあったんです。……実は、もう学校へ行くことをやめようかと思っていて」

 リード牧師は驚いた顔を浮かべたが、発した声はひどく穏やかだった。

「それはどうして?」


 リード牧師の姿を真っ直ぐに見つめるヴェーチルの目には涙がじわりと滲んだ。


「……本当に、色々とお世話になりました。たくさん支援いただき、ありがとうございました。やっぱり、死んだ人間が生者のふりするのは、正しいことじゃないと思いまして……」

「ヴェーチルくん、まずはそこに座りなさい」

 リード牧師の言葉に黙って頷くと、ヴェーチルは涙を拭いながら教会の長椅子に腰を下ろした。


 少し落ち着いてきた頃、ヴェーチルはリード牧師に訊いた。

「……ジェインはここへ来るでしょうか?」

「何か急ぎの用事でも――」

「いえ。ただ、この荷物を預けたくて」

 ヴェーチルは肩から提げていた鞄に手を乗せた。

「何が入っているんだい?」

「本です。どうしてもジェインに渡したくて」

「……分かった。私が預かっておこう」

 ヴェーチルは安堵したように笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。僕は、フロール・ヴァレンヌの死体をネルソン村に返しに行こうと思っているんです」

 リード牧師が驚いたように目を見開いた。

「……君が? 確かに、この教会の神の意志がアンドラ王と一体であることを考えると、フロールの身体はネルソン村へ返すべきだろう。その方がアンドラ王も救われる。でも、その結果、君たちがどうなるのか、私は確信を持ったことが言えない……」



「それでも、やった方がいいんだよ。父さんは死者が苦しむ状況が続いてもいいの?」


 突然聞こえたジェインの声に、リード牧師は扉の方を振り返った。

「――ジェイン!? いたのか? いつからだ? 学校は……?」

「今は休暇推奨なの。ねえ、父さんも死者を救いたいと思うでしょ? 爺ちゃんはサラや皆を救おうとしていた。……ここはそのための教会でしょ? 確信はなくても、可能性を信じるべきだよ」

「……そうだ。リーグルス家の人たちにフロール・ヴァレンヌの墓の場所を突き止めてもらったのも、今ある災いを終わらせるためだった」


 ウェリティやアルジントが率先して死者解放のために今までやってきた調査や研究。それらもすべて、この災いを終わらせるためだったのだ。

 それゆえに、調査研究の集大成として最期までやり遂げることが、託された者の務めなのだ。


 リード牧師はそっと目を伏せると、祈るように胸に右掌を当てた。

「我々は、信じて祈ることしかできない。……ただ一つ言えることは、神は崇められるだけではなく、人間の意思に従うこともあるということだ。亡きアンドラ王が今もなお神の代弁者であるなら、フロールの死体を返した後、きっと我々は皆救われるはずだ」

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