第八話 覚悟

「――呼び出して悪かったな、レーン」


 騎士団学校の中庭に、授業終わりのレーンが小走りでやって来た。

「アル! ほんとに驚いたよ。技術訓練中に、一人で幽霊みたいに立ってるんだもんな」

 あからさまにアルジントは顔をしかめる。

「それは笑えない冗談だな。ここに来る途中、すれ違った男たちが話していたんだが、カーターが死んだ後さらに三人死んだというのは本当か? そのうちの一人はイルバが憑依した騎士、アルフレッドだと聞いた。騎士団学校の一時閉鎖も考えていて、その間は本部に拠点を移すとか……」


 レーンの視線が宙を描くように動いた。苦笑しながら髪をわしゃわしゃと掻く。

「……あー、そうなのか? 人の生死を区別できないっていうのも困ったものだなあ。俺には誰が死者として蘇っているのかも分からない。……学校長の方針に、休暇を積極的に取得することって文言が追加されて、何だろうなって思ってたんだ。だって、騎士に休暇推奨っておかしな話だろ?」

 その話を聞いて、アルジントはすぐに腑に落ちた。

「なるほど、連続殺人の連鎖を物理的に止めるためか。犯人は見当つかずってとこだろうな? もし死者かどうか知りたいなら、僕が確認してもいいが……」

 レーンは穏やかに首を横に振る。

「いいや、今さら知る必要はないさ。……それより、話し合いは今日の夕方、中庭で待ち合わせる約束だっただろう? 急ぎなのか?」

「急ぎだ。そして、無理な頼みがもう一つある」


 わずかに目を細めるレーンだったが、口に出した言葉は冗談のように軽いものだった。

「なんだ? 死者だって言われてから、もう何を言われても驚く気がしないな」

「ならば単刀直入に。今晩からリーグルス家の屋敷に来て僕の側についてもらいたい」

 これはレーンの行動を完全に制限する無理な頼みだ。それを重々承知したうえで、アルジントはお願いしている。


 レーンは真剣な顔で、訝しげに眉を寄せた。

「……なんだ? 何か分かったのか? イルバ・マルサスはやっぱり放置できないのか……?」

「残念ながら。学校内の連続殺人も奴が原因である可能性が高いだろうし」

 レーンは浮かない顔でため息を吐いた。

「それなら仕方ないな。どれくらいの期間が必要になりそうだ?」

「分からないが、たぶん数日だろう」

「よし、分かった。死者なら今の生活だってあってないようなものなんだ。……まあ、学校側には休暇でも申請しておくさ」

「悪いな」

「いいや、構わないよ。学校長お墨付きの休暇推奨だからな」



 ***



「レーン・ディルタス様、どうぞこちらへ。お待ちしておりました。ご準備は整っております」


 リーグルス家使用人、エリーに案内された場所は、アルジントの部屋だった。

 レーンはきょとんとした顔で隣に立つアルジントを見る。

「なんだ、その腑抜けた顔は?」

「……い、いや。悪い」


 部屋の面積半分あたりに衝立が設置されて、部屋が二つに仕切られていた。手前半分がアルジントが普段使用しているスペースであり、衝立の奥がレーンのスペースだ。


「今日からしばらく、そっちで寝泊まりしろ」

 エリーが部屋を去ってすぐに、アルジントは指示した。

「……え、本当に? いや、プライベート空間はありがたいと思うが、何で急に……? 俺はアルと同室でいいのか?」

「ああ、そうだ。必要な物は取り揃えているが、足りないものがあれば僕かエリーに言ってもらって構わない」

「えっと……」


 戸惑いを隠せないレーンを置き去りにして、アルジントは本題に入る。


「僕の様子に異変を感じたら殺してくれ」

「……は? 待て、俺にアルを殺せって⁈  冗談じゃない! アルが俺を殺すのなら分かるよ。だが、俺にも殺せって? 無理だ! 俺はこの先どうすれば良いのか何も分からないってのに……!」

 レーンに人殺しをさせるつもりはなかったが、アルジントが想定する最悪の事態が現実となった場合、そうせざるを得ない状況になるかもしれないのだ。

「まあ、心配するな。逆に、レーンに悪魔が憑依した時は僕が殺す」

 レーンは肩を竦めて視線を逸らす。

「ああ、その方がよほど未来があるだろうな。でも殺し合いのために俺を呼んだわけじゃないだろう?」

「……ああ、未来のためだ」




 リーグルス家の夕食に同席したレーンは、気疲れしたように部屋に戻ってきた。

「お姉様方、結構話が好きなんだな? アルと正反対で意外だったよ」

 ソファーの端に遠慮がちに座り、アルジントもその横に少し離れて腰を下ろす。

「珍しいんだ、客人なんて。しかも外との関わりを絶っているから尚更だ。……レーンは一人でこの部屋から出るんじゃないぞ」

「理由は? 悪魔に対する注意なのか、お姉様方に対する注意なのか――」

「まあ……両方だな」

 ぼそりと呟くように答えたアルジントを見て、レーンはこぼすように笑った。


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