第六話 話し合い

 綺麗に整理されていたウェリティの机上の端に、死者に関する書物が寄せて積み重ねられていた。アルジントがそれを一冊ずつ下ろしている途中、ウェリティが書いたと思われるメモを見つけた。

 それを手に取り、アルジントは椅子に座ってじっくりと目を通していた。


「……アルジント?」


 背後から不安そうなヴェーチルの声が聞こえたが、今はそれどころではなかった。


「悪いがちょっと待ってくれ」


 アルジントが見ていたものは、ウェリティが描いた死者に関する分類図であった。


 ――これが本当なら、単純にフロールの死体をネルソン村に戻して死者が解放されるという考え方は、都合良すぎるだろう。何かが足りていないような気がするが、それは何だ?


 アルジントは頭を上げて、その分類図を二人に共有することを決めた。自分の思考は型にはまり過ぎているように思うのだ。


「ウェリティが描き残していたこれを見て、何か疑問はないか?」


 分類図を目にした二人は、その完成度に驚きの声を上げた。

 ウェリティの研究者的姿をルーアとヴェーチルはあまり見る機会がなかったが、アルジントに言わせると、彼女は本物の研究者なのだ。


「アルジントはどうなの?」

 ヴェーチルに訊かれて、頭を横に振る。

「今のところは、まだ分からない。君たちには、純粋に感じた疑問を求めている」

 

 アルジントはテーブル上にウェリティが記載した分類図とメモを置いた。

 紙を焼き付けんばかりに、二人の視線がそこに注がれる。



人間→【Ⅰ】→死→永遠の死

       ↳死者(蘇生)→幽霊ゴースト→【Ⅱ】→永遠の死

      │     │   ↳魂と身体の解離→【Ⅱ】→永遠の死

      │      ↳二度目の死→悪魔→三度目の死→【Ⅲ】

      │             ↳【Ⅱ】→永遠の死

       ↳【Ⅲ】            



 ヴェーチルが口を開いた。

「【Ⅱ】が本当なら、たとえば二度目の死を迎えたウェリティ先生も、永遠の死に辿り着けるんだよね?」

 ヴェーチルらしい疑問だとアルジントは思った。

「悪魔にならなければだが、そうらしいな」


 少し経ってから、ルーアがそろりと手を挙げて質問する。

「じゃあ、私からは単純な疑問だけど……。死者になるのに【Ⅰ】が関係しているとして、解放される時は【Ⅰ】は関係ないのかなって。そもそも【Ⅰ】は何を示しているの?」


 アルジントが顎に手を添えて一〇秒ほど停止した後、大きなため息を吐いた。

「それだ。【Ⅰ】が分からないことが問題なんだ。恣意的に神が勝手に決めたわけじゃない。絶対に何かの条件があるはずなんだ」

「それは死に関すること?」

「そうとしか思えない。死んですぐ【Ⅲ】に進む者は、結果論として神や死人を冒涜した事実そのものが【Ⅰ】だったとも言える。だが、僕らはそうじゃない。共通した条件があるはずなんだが、それが分からない……」


 再び八方塞がりになった状況で、ヴェーチルが口を開いた。

「じゃあ今少し考えてみる? こういう機会って意外となかったけど、腹割って話そうよ。地上のレイクさんの状況も分からないし、俺とルーアも教室には戻れないし」

「……分かった。この場は君に任せる」

「ありがとう、アルジント。……俺たちは、生まれた境遇も年齢も性別も家族構成も死に方も全然違うけど、同じ条件のもとで死者になった。でも、俺の周りでは母親は死者にならなかったんだ」

 ヴェーチルに視線を向けられて、アルジントが話を続ける。

「僕の場合は、母親や一部の使用人たちは死者にならなかったな。直近ではカーター・マルサスもそうらしい」

「それだよね。俺たちには死者にならなかった人との違いがあるはずなんだよ」

「ああ、そうなんだがな。レーンが死者になって、カーターが死者にならなかった理由か……。あとは、先代リード牧師も死者だったか」


 何やら考え込んでいたルーアが、顔を上げて訊いた。

「……二人は生きているときに死について考えたことある? 私は父が亡くなった時に考えたんだけど」

 咄嗟にヴェーチルが反応する。

「それなら、俺も母の死を経験したから同じだ。アルジントは?」

「死を特別なこととして考えたことはない」


 一人だけ違う反応だったため、ルーアとヴェーチルが少しだけ残念そうな顔を浮かべた。


 念のためにアルジントがフォローしておく。

「僕の場合、死は常に意識すべきことだったから、特別に考えたことはないんだ。むしろウェリティなんか常に死について考えていただろう」

「確かに。アルジントは騎士団学校にいたから?」

 ヴェーチルに訊かれて、少し迷いながら頷いた。

「それもある。だが、それなら騎士の多くは死者になるんじゃないか? カーター・マルサスは例外だが」

「彼は意識が低かったのかも」

 その言葉に反論できなかった。

「……有り得そうなのが何とも言えないところだが、条件とするには根拠が浅いだろうな」


 二人の会話にルーアが苦笑を浮かべながら、若干気まずそうに口を開く。

「あの、今言うことじゃないかもしれないんだけど、アルジントに一つお願いがあって……」

 ルーアの申し出に、アルジントが反応する。

「なんだ?」

「一度、ネルソン村に来てもらいたいと思って。私の母、アリア・イージェルの墓があるかどうか、アルジントの目で確認してほしいの」

「理由は?」

「母が死者かどうか知りたいから」

「後悔しないのか?」

 淡々と質問を返すアルジントに、ルーアは迷いのない目を向けた。

「しない」


 アルジントは小さくため息をついてルーアから目を逸らす。

「分かった。僕も今後はしばらく顔を出せなくなるだろうから、早めに行こう。いつがいい?」

「私はいつでも大丈夫。もちろん、今日でも」

「……じゃあ、何もなければ今から行くか? まだ午前中だし、ヴェーチルも一緒に三人で行くのはどうだ?」

 その行動力に一瞬動揺を見せたルーアだったが、力強く頷いた。

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