第三話 死者が見える少年(2)
植物園と見間違えるほどに、騎士団学校の中庭は青々とした草木にあふれていた。大小豊富な観葉植物に、熱帯植物から寒冷地域の針葉樹まで、その種類は多岐にわたっている。
天井は吹き抜けではないものの、閉ざされた空間という意味では、死者たちにとってはむしろ都合のよい場所だった。
軽く挨拶を済ませた後、周囲に誰もいないことを確認したジェインが話を始める。
「――祖父があの本を書き始めたきっかけは、病気で死んだサラって名前の妹が生き返ったからだよ」
最初の言葉から衝撃的すぎて、この場にいる誰もが口を挟むことすらできなかった。
ジェインはそのまま話を続ける。
「牧師だった祖父の目の前でサラは蘇ったんだ」
死んだ人が生き返った瞬間に立ち会ったという先代リード牧師。
ジェインの話が嘘だとは思わないが、これだけでは到底納得できるものではない。
「本当は死んでいなかった可能性もあるんじゃないのか?」
アルジントが踏み込んで質問するが、ジェインはさも当然のように何食わぬ顔で首を横に振った。
「ううん、サラは死んでいたよ。祖父は死者が見える人間で、僕もそうだから分かる。でも、祖父はまるで歴史を正すように、蘇ったサラを殺した。……だけど、サラが完全に死ぬことはなかったんだ」
そこまで話すと、ジェインは顔をしかめて身震いした。
これを聞きながら、ウェリティは半分疑うような目でジェインを見る。
「そんなことあるの?」
「あるよ。サラの肉体は確かに死んでいたって言ってた。でも、恨みを抱えた魂だけがその場に残ってしまった。……つまり悪魔になったんだよ」
怯えた反応を示したルーアとヴェーチルを横目で見ながら、アルジントは表情を変えることなく訊いた。
「どうしてそれが悪魔だと思う?」
「実際に呪われて死んだ人がいたんだ。周囲の人がサラの面影を見て、声を聞いたんだって」
「今も魂はそのままなのか?」
「……たぶん。悪魔は人間の身体であれば自由に憑依することができるんだよ、生者も死者も関係なく」
アルジントが小さく唸った。
「それが本当だとすると、僕らも殺されるリスクがあるというわけだな。……この負の連鎖を終わらせる方法は何かあると思うか?」
ウェリティが無理難題を突きつけられたジェインを見て、フォローするように口を挟む。
「アル、この子はまだ子供でしょう? そういう込み入った話は、もっと落ち着いてからじっくりと……」
「今の話を聞いて落ち着いていられるか? 何も気づいていないのか?」
この話を聞けば、ラザーニ校で出会ったルークス・ベンという少年のことが頭に過らないはずがない。
黒い影の正体が、ジェインの言う悪魔と同じだとすれば、また自分たちが狙われる対象になる可能性もある。
ルーアとヴェーチルは話を聞くだけで精一杯だとでも言わんばかりの表情だが、その眼差しは真剣そのものであった。
アルジントがジェインに話の続きを促す。
「あとは、他になにかあるか?」
ジェインはゆっくりと頷いた。
「さっきの質問の答え。……これは祖父の教会的立場としての考えなんだけど、死者の連鎖を断つには神と対極する悪魔を絶つ必要があると思う」
「死者が蘇る理由と悪魔の存在に関連性はあるのか? 悪魔を絶てば、死者が神の国へ行けるのか?」
「たぶんそんなすぐに解決できるとは思わないけど、悪魔がいる環境は良くないよ」
アルジントはこれで納得できたわけではなかったが、状況を整理しきれない今の状況では、それが目的達成において必要なことなのだろうと理解した。
「君の考えている範囲内で、悪魔は何体存在していると思う?」
「……二人。祖父の妹サラと、サラに殺されたイルバ・マルサス」
「マルサス?」
ウェリティが怪訝な顔をした。
先ほどのカーター・マルサス然り、マルサス家と聞いて良い印象はない。
「今の話から私がストーリーを推察すると、妹のサラさんが何らかの理由で死者となった後、兄に殺されて悪魔になった。その後に何らかの理由でイルバ・マルサスが死に、死者として復活したイルバはサラさんに殺されて悪魔になった。……そういうことかしら」
ジェインは小さく頷いた。
「僕の祖父とほぼ同じ推察だね」
アルジントは顎に手を添えて一人考え込んだ。『何らかの理由で死者となった後』ということは、根本的に死者が存在する理由は不明なままなのだ。
「……つまり、この一連を全て解決するには、まず悪魔の方を絶たなければならない。死者を解放する方法を見つけるのは、それからの話になる、ということか」
アルジントが淡々と述べると、ジェインは一歩身を引いて不安そうな表情を浮かべた。
「……うん。でも、一つだけ怖いことがあって、イルバ・マルサスは既にたくさんの人を殺してるみたい」
その瞬間、アルジントが顔を強張らせた。悟られないように口元を片手で覆って緊張感を隠す。
ラザーニ校でルークス・ベンに憑依していた悪魔、あれは間違いなく男だった。もしその正体がイルバ・マルサスなら――。
緊迫した空気の中、自問するようにアルジントが口を開く。
「……悪魔を殺す方法はあるんだろうか。憑依された人ごと殺すこともできるのか……?」
ウェリティが自らの額に右手を当てて、気が遠のくような表情を浮かべた。
「……ああ、アル。言ってる意味分かってる? それだと、悪魔に憑依された人間も死ぬことになるのよ?」
アルジントはただ静かに頷いた。
「……分かっている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます