第三話 死者が見える少年(1)

 騎士団学校の大広間を覗くと、学校の生徒やすでに肩書を持った騎士らがゆるく会話を楽しんでいた。鎧も着けておらず、全体的な雰囲気も休暇前の気の緩みに近しいものがある。


 ウェリティが一瞬大広間に足を踏み入れると、その集団の中から一人、小隊長らしき服装を身にまとった騎士がこちらへとやって来た。


「おや。これはこれは、麗しきレディー」


 男はそう言ってウェリティの前に膝をついて屈むと、馴れた手付きでその手を取った。作ったような笑みを浮かべ、ウェリティを見上げる。


「私は、マルサス家長男のカーター・マルサスと申します。もしこの騎士団学校について何か不明な点がありましたら、私に何なりとお申し付けください。私は由緒ある騎士の家系でございますので」

 

 マルサス家――その名前にアルジントは反応した。


 リーグルス家と同じ騎士の家系で爵位も同じということもあり、事あるごとにリーグルス家に対抗心を燃やしていたのをアルジントも知っている。

 アンドラ王時代は王家直属の騎士としてリーグルス家がその立場にあったが、王の交替によりマルサス家に代わられたと聞いている。

 その本当の理由は分からないが、時代の流れだと聞かされて納得してきたところもある。


 だが、カーター・マルサスの態度を見て反吐が出そうになった。これで王家に認められているというのだから、アンドラ王以降の王家は随分と落ちたものである。


 アルジントはカーターから目を背けた。自分だけ姿が見えないことを良いことに、ちらりと横目で見て渾身の睨みをきかせる。


「……あ、ありがとう。マルサスさん」


 ウェリティはその場しのぎの笑みを向けて挨拶すると、にこやかにカーターの手を払って大広間を颯爽と離れた。


 慌ててその後ろをついて行き、アルジントが呼び止める。

「ちょっと待て。一旦、ベンチに座って作戦を体制を立て直そう」


 不機嫌そうなウェリティが髪をなびかせ振り向いた。

 先ほどのカーター・マルサスの行動がよほど気に食わなかったのだ。


「……いや、あの行動はやり過ぎだったとは思うが」

「ええ、その通り。マルサス家の男はろくでもないわね」

 わけ知りふうに零すウェリティに、真っ先にアルジントが訊く。

「何か知っているのか?」

「いい噂はないわね。あまりここで名前を出すのは控えたいから、あえてMエムの一族と呼ぶけど、彼らは一族の仲がそれほど良くない。『死亡者名簿』にもMエムの一族の名前は特に多いわ。しかも、死因は殺害など他殺に関するものばかり」

「……よく覚えているな?」

「そりゃあ何度も読み返しているもの」

 


 少し歩いて人通りの少ない廊下まで来ると、三人掛けのベンチを見つけた。

 ウェリティ、ルーア、ヴェーチルが座り、アルジントが横に立って口を開く。

「これから向かうところだが――」




「――ねえ、何しに来たの?」


 廊下を歩いていた少年が、ベンチの正面で足を止めた。

 不敵な笑みを浮かべているが、十歳そこらの生徒であろう。プラチナに近い金髪の容姿は驚くほど人目を引く。


 ウェリティが涼しげな笑みを返した。

「私たちは研究のために、入館許可をもらったの」

「そうなんだ。でも、不思議な組み合わせだよね。知り合い?」

「そうよ。……ごめんなさい、もう行かないと」


 ウェリティは話を切り上げるために立ち上がった。


「待ってよ。もし良ければ、知りたいこと色々教えてあげようか? そっちのお兄さんも知りたいでしょ?」


 少年の視線はベンチ横に立つアルジントに向けられていた。

 アルジントが咄嗟に思ったことは、少年が死者である可能性だった。それ以外に、この状況を説明できる理由が思いつかない。


「あなたには何かが見えているの?」

 ウェリティが訊いた。

「うん、死者が見える。……僕もあまりここで話しているところを見られたくないから、中庭で話さない?」

 少年の言う意味もよく分かるため、ウェリティがベンチから立ち上がって訊く。

「あなたは死者?」

 少年は歩き始めながら、首を横に振った。

「ううん、僕は生者。でも、見えるんだよね。たまにいるでしょ、そういう人。……何か様子がおかしいなって思ってたら、やっぱり一人は見えなくなっていたんだね」

 アルジントがわずかにピクリと片眉を上げた。

「騎士を目指す者ならば、まずは自ら名乗るのが礼儀だと思うが?」


 注意されても少年は全く動じることなく、突然そのことを思い出したかのように口を開いた。


「……あ、そうだよね。僕は、ジェイン・リード。ここの学生」


 驚くほど礼儀に欠けた自己紹介だったが、ヴェーチルの反応だけが違っていた。


「ああ! 君のお父さんってダンベルグ教会のリード牧師だよね?」


 この話題はジェインにとって都合が悪かったのか、ばつが悪そうに顔を曇らせた。


「……まあそうだね。不思議な人たちがいるなあって思ってたけど、声かけて正解だった。『あの本』を持ってるの、マルサスさんに麗しきレディーって呼ばれてたお姉さんでしょ?」


 いちいち気に障る言い方をする少年だが、それよりも彼が話した内容に気を取られていた。


 ウェリティは眉をひそめてジェインを見る。

「『あの本』って?」

「死者に関する一連の本だよ。あれを書いたのは僕の祖父だ。今はどこか遠出しているって、父さんが言ってたけど」

 ウェリティは大きく目を見開いて、ぱちぱちと瞬きをする。

「……それじゃ、あなたは何か知っているのね?」

「えっと、まあ、それを書いた経緯くらいなら。ただ、父さんは聞いても詳しいことを教えてくれない。死者って言葉も嫌みたいだ」


 ウェリティは『死亡者名簿』を入れている鞄にそっと手を乗せた。


「私はリード牧師から直接この書物をいただいたの。今もここに入っているわ」


 一転して、ジェインは深刻そうな眼差しをウェリティに向けた。


「……それなら、話しておかなきゃならないことがあるよ」

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