第四話 生者と死者と悪魔と(1)

「どうして君は騎士になろうと思ったの?」


 中庭を出てすぐ、ヴェーチルが訊いた。

 ジェインは館内奥の方へ向かわせた足を止めて、後ろめたそうな顔で振り返る。

「……教会の仕事が、嫌だったから」

 その言葉を聞いて、ヴェーチルはひどく穏やかにジェインを見た。

「どうして?」

 訊ねると、悩みをそっと漏らすようにジェインは口を開いた。

「父さんは割り切ってるんだよ。自分が嫌なことには絶対に踏み込まない。……でも、僕は自信ないし、祖父みたいになると思ったら怖いし……」 

「その怖さは当然の感情だと思うよ。……でも、騎士を目指すことに家族は賛成してくれたんだね」

 ジェインは頷いた。

「……最初は反対されたけどね。それでも僕は聖職者になりたくなかった。今は騎士になりたいって純粋に思ってる。……他の人と違って見えないものが見えるのは大変なんだよ。嫌な言い方かもしれないけど、教会って死人の世話も仕事でしょ? ……そんなの無理だよ」


 生者の姿も死者の姿も見境なく視界に入るという感覚は、幽霊ゴーストになった死者とよく似ている。

 現実に身を置いて生きている事実は変わらないまま、生者であるジェインは同時に死者の姿も見ているのだ。


「……それなら、立派な騎士になれるといいわね」

 ウェリティが後方から柔らかな微笑みをジェインに向けた。

 未来ある人間に見せる笑みは、死者でありながら生気に満ちている。 


「……そうだな」

 掠れるほど小さな声で同調したのはアルジントだった。

 未来を考えることなど、死んだ人間には到底無理な話なのだから、せめて未来ある人間には夢を見てほしいと願うのだ。




「――この先が屋外訓練場だ」


 薄暗い廊下を歩きながら、アルジントが説明した。

 午後五時を過ぎて、訓練や稽古に励んでいる者たちがもう少しで戻ってくる頃である。


「見学って、できる?」

 何気ない好奇心からルーアが訊く。

「できなくはないだろうが、今日はもう終わる頃だ。まあ、ジェインのおかげでそれなりに得る情報もあったわけだし、興味があるなら武器庫でも見てみるか?」

「できるの? 確か、入り口で門番さんが――」

「あれは条件つきなんだ」


 アルジントとジェインが先頭になって進み、訓練場の横に隣接された武器庫へ向かった。分かりにくい場所ではあるが、館内と廊下で繋がっているため、大抵の者は一度行けば覚えられるであろう。

 武器庫は騎士団によって厳重に管理されているが、訓練場が解放されている時間帯だけは出入り自由になっている。


 扉を開けて真っ先に目に入ったのは、訓練で使用する剣や盾、鎧の数々。武具ごとに木枠で仕切られ、一つひとつ丁寧に収められている。

 一つの武具であっても、大きさや形が違うものが並んでおり、興味のある者なら数時間ここに居続けても飽きないであろう。


 目につくものすべてが新鮮なルーアとヴェーチルは感嘆の声を上げていた。

 ウェリティも興味津々に武器庫内を歩き回り始めている。



 一方で、アルジントは黙ったまま入り口付近でジェインと横並びで立っていた。見慣れた武器庫には、もはや珍しさも何もない。


「……ねえ。名前、アルジント・リーグルスって言ったよね?」 

 ジェインが少し顔を上げて緊張したように訊ねる。

「ああ、そうだが」

 淡々と言葉を返すアルジント。その姿を見上げたジェインの瞳は、わずかに揺らいでいた。


 アルジントは少年の心の機微を見逃さなかった。

「何か知っていることがあるのなら、教えてほしい」


「……で、でも、これは話していいのか分からないよ」


 明らかに狼狽えるジェインに、アルジントは何か知っているという確証を得る。


「仮に僕のことを心配するなら、それは気にしなくて構わない。……リーグルス家の暗殺の真相について、何か知っているのか?」


 アルジントが誘導尋問のように訊ねると、ジェインは図星を突かれたように息を飲んだ。

 アルジントを見上げることはなく、じっと下を向いて口を開く。


「……アルジントさんがどこまで知っているか分からないけど。リーグルス一家の暗殺者は……人じゃない。いや、人なんだけど、悪魔というか……。悪魔に取り憑かれたマルサス家の騎士なんだ。……あの、ごめんなさい」


 あまりにも落ち込みが過ぎるジェインを見て、アルジントは大袈裟にため息をついてみせた。


「なぜ君が謝る?」

「だって悪魔のせいってことは、元はと言えばサラが……。怖くないの……?」


 ジェインは虚ろな目で、横に立つアルジントを見上げた。


 何に対して彼が怖いと訊いているのか、アルジントには理解しかねた。既に死を受け入れている状況で、無理やりにでも怖いという言葉で表すのなら、過去よりも未来のほうがよほど怖い。


「ただ知りたいだけだ。自分が何者に殺されたのかを、客観的に」


 アルジントが少し首を下方に傾けてジェインを見る。


「……分かった。リーグルス家の事件当日、マルサス家の若い騎士が一人死んでるんだよ」


 再びマルサスという名前を聞いて、意識せず心臓がドクンと音を立てる。


「その騎士は生者か?」


「……うん。実際にリーグルス家で遺体も見つかったらしい。特に悪い噂もなくて、マルサス家にとっては珍しく良い人だったって。……でも、悪魔に憑依されてリーグルス家を襲った。そう考えないと、彼の行動には理由が立たないんだって」


「なるほど。憑依した悪魔はイルバ・マルサスか?」


「うん。生前からリーグルス家に恨みを持っていたって、僕の祖父が……」


 十歳そこらであろうジェインの説明に、アルジントは興味深く耳を傾けていた。


 騎士たちの間では、年齢と知識が比例しないことはよくある話だが、今まさに、アルジントの関心はそこにあった。

 自分が死んだ理由よりも、教会に反発心を抱くジェインが死者や悪魔に対してやたらと詳しい理由――。

 それが祖父の知識を享受したことによるものなら理解できなくもないが、彼の祖父がこれらの話を孫に伝えた理由はいまいち分からない。


 死者のことを知るうえで、この少年の存在が何かヒントになるのではないかと、アルジントは考え始めていた。

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