第五話 分類図

 ダンベルグ教会の地下でフロールの死体と対面してから数日。

 綺麗な死体を見て、そこから生じた疑問を解明すべく、ウェリティは死者の書物と『死亡者名簿』の熟読を何度も重ねていた。


 その疑問とはつまり、フロールが何者なのかという点である。もっとも状況が近いのは、アルジントのような死者――いわゆる幽霊ゴーストであろう。

 だが、死者の身体に憑依できる者など、ウェリティの経験上では悪魔くらいしか考えられないのだ。


 ここ最近でもっとも難題と思えるほどに、フロール・ヴァレンヌという者の存在は異質だった。


 そのうえ、幽霊ゴーストではない死者が生者と同じもの――死体を目視できることについては、今まで調べ上げてきた死者の概念が揺らぐほどに異例なのだ。


「フロールは、他の死者とは少し違う――……」


 ウェリティは思いついたことをメモとして書き起こしながら、状況整理に耽っていた。


『死んでから一〇〇年以上経って、人に取り入る術を身につけた』というフロール本人の言葉ですら、ウェリティは疑っていた。

 ルーアの身体から魂が離脱した後、フロールが実体として姿を現さなかったのは、それができなかったからではないだろうか。



 矛盾する条件をすべて排除したうえで、導き出せる答え――……。



「死者の身体と魂が解離した時……、つまり死者であるフロールの魂が自身の身体から出ていった時、私たち死者はフロールの死体を認識できるようになったということ……?」


 ウェリティは手を滑らせるように、呟きながら文字を綴っていく。


「……死者ルーアに憑依した瞬間から、フロールの身体が私たち死者にも視えるようになっていたのなら、理由が立つ」



 今までの研究で判明したことも含めて、生死の分類図を描いていく。



人間→【Ⅰ】→死→永遠の死

       ↳死者(蘇生)→幽霊ゴースト→【Ⅱ】→永遠の死

      │     │   ↳魂と身体の解離→【Ⅱ】→永遠の死

      │      ↳二度目の死→悪魔→三度目の死→【Ⅲ】

      │             ↳【Ⅱ】→永遠の死

       ↳【Ⅲ】            



 人間がそれぞれ生きている時に【Ⅰ】という何らかがあったとする。それが人の行動なのか、思考なのかは分からないが、それによって死後に死者として蘇るかどうかが決まるというものだ。


 【Ⅱ】は永遠の死を迎えるための条件となるもので、おそらく三つはすべて同じ条件になるであろう。


 【Ⅱ】と大きく異なると考えられるのが【Ⅲ】である。

 教会という神の領域から断絶された者が行き着く先、つまり【Ⅲ】は、神の国ではない真逆の場所。

 生者のうちに神を冒涜した者、また死後に悪魔となった者は天を見ることは赦されない。

 悪魔となる条件は断言できないが、その根底にあるものは恐らく人間の恨みという感情の増幅ではないだろうか。


 そして、これら全てが神によりもたらされた不条理なシステムなのだとすれば、神がこのシステムを作った理由があるはずなのだ。

 そして、それは決して赦されることのない神の冒涜に値したということだろう。


 神の代弁者と呼ばれたアンドラ王の存在をここに加えると、神の意思とアンドラ王の意思はほぼ同じと言っても過言ではないかもしれない。

 過去の人間でありながら、人々によって神格化されたも同然のアンドラ王。彼を冒涜することは、このルーフェス旧市街において神を冒涜することと同意なのだ。


 それならば、王族の関与によるフロール・ヴァレンヌの墓の掘り起こしは、アンドラ王や死者の冒涜にも値する行き過ぎた行動といえる。


 この死者の不条理にフロールが関与している可能性は、ほぼ確実ではないだろうか。




 ウェリティは、今なら『生と死』をテーマにした論文を一つ書き上げられそうな気がしていた。

 誰に見せなくとも、自分がやってきた研究の成果が出せるかもしれないと思うと、ウェリティは今この瞬間、不思議なことに楽しいという感情が湧き起こっていた。

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