第四話 眠る少女(1)
研究室を去ったアルジントとジェインを内心で気にしながら、ウェリティは残った二人に不安を悟られまいと笑顔を見せた。
だが、何も言わずに下を向くルーアとヴェーチルに、この状況をどう伝えるべきか、ウェリティの頭の中には悩みが尽きない。
ただ一つ確信していることは、この二人がアルジントや自分とは状況がまるで違うということだった。死因にマルサス家が関与していないという点がもっとも大きい。
だからこそ、今さらながら二人を巻き込むことに罪悪感が過ぎるのだろう。
「色々と驚かせてごめんなさい。私の方でも色々と調べていたんだけど、思ったよりも複雑そうなのよ」
苦笑をしてみせるウェリティだったが、ヴェーチルは想像以上に重く受け止めたようだった。
「……何か、あったんですか?」
「いいえ、心配はしないで。死者を解放する目的は変わらない。ただ、イルバ・マルサスをこのまま放置することもできないから、そっちをアルジントに託すことにしたのよ」
二人の不安そうな顔がより一層歪んでいく。それでもウェリティは割り切るしかなかった。
今は無理やりにでも話を進めるしかないのだ。
「後日、私たちはリード牧師に会いに行きましょう。……彼なら色々と事情を知っている可能性が高いの。日程は合わせられそう?」
二人は顔を見合わせた。
「ルーア、明日はどう?」
ヴェーチルが訊くと、ルーアは頷いて反応を示す。
「それなら私も大丈夫」
「……分かったわ。じゃあ明日また集合しましょう。今日は先に二人に共有したいことがあるの――リード牧師のことなんだけど」
名前を聞いたヴェーチルがビクッと身体を反応させたが、何も言わずにウェリティを不安そうに見るだけだった。
ウェリティは話を続ける。
「ずっと前からリード牧師は死者について詳しく知っていて、死者の姿もはっきりと見えていた。……でも、息子のジェインはそのことをずっと知らなかった」
聞きながら、ヴェーチルが顔を強張らせていた。とんでもない真実をあっさりと告白されて、時が止まったかのように固まっている。
ヴェーチルは動揺を隠せず、震える声を発した。
「ちょっと待ってください……。俺はリード牧師と死者について話をしたことがないんですよ? それだと、俺が死者だってことをリード牧師が知っていた可能性も――」
「あるでしょうね。リード牧師は、ただ見えているものを見ないようにしていただけ。だから、ジェインにもあえて話すことはなかった」
その瞬間、ヴェーチルが深く傷ついたような顔をして、枯葉が落ちていくように呆然と床を見下ろした。
その心境もウェリティには分からないわけではなかった。ヴェーチルがダンベルグ教会で鐘撞きの仕事をしていることも、彼の妹シェリダが教会によく通っていることも知っている。
リード牧師はインス兄妹が死者であることを知りながら、彼らが普通の生活を送れるようにと援助していたのであろう。
ヴェーチルは気が抜けたように椅子にヘたり込んでいた。
「……俺は、自分が生きた人間であると錯覚しそうになることがあったんです。でもそれは……、リード牧師の優しさだったんですか……」
誰に問うでもなく、誰に答えを求めたわけでもないヴェーチルの言葉。彼は唇をぎゅっと閉じて、やり切れない思いに、ただじっと堪えていた。
***
翌日訪れたダンベルグ教会は、夕方ということもあって人の出入りはごくわずかであった。リード牧師の姿も見当たらない。
「今日は不在なのかしら……」
ウェリティが呟くように言ったため、ヴェーチルが他意のない良心で応答する。
「多分この時間なら、家か地下にいるんじゃないでしょうか」
「……地下?」
その言葉を、ウェリティが怪訝そうに復唱する。
「理由はわかりませんが、リード牧師はよく地下に行っているんです。……まあ、何があるのか聞いたことはないんですけど」
そんな会話を交わしている途中、背後に立っていたルーアが苦しそうな声を漏らした。震えるような、うめき声だった。
ヴェーチルが咄嗟に振り返った。
「ルーア、どうし――……?」
ルーアの様子はどう見ても普通ではなかった。両目を大きく見開きながら、震える両手で頭を抱え、その場にしゃがみ込む姿――。
「……あ、頭が……血管が……。波打って気持ち……悪い。どう……して……」
ヴェーチルが腕をルーアの背に回して立ち上がらせようとする。
「……ルーア、具合悪いならここから出よう」
抑えきれない震えに、ルーアは頭を上下にガクガクと動かした。
だが、ウェリティには異なる感情か芽生えていた。
「――ヴェーチル。待ってちょうだい。……ルーアをそのまま下ろして」
その言葉に、ヴェーチルはひどく裏切られたかのような目でウェリティを見る。
「……先生!? 何を言ってるんですか!?」
善良な青年にそんな顔をさせることに、ウェリティも心が痛まなかったわけでは無い。
だが、冷淡とも思えるこの指示には、それ相応の理由があった。
ルーアの様子は、まるで何者かに憑依されているようにも見えるのだ。
「ねえ、ルーア。辛いでしょうが、教えて。――あなたの名前は?」
ウェリティがその場に腰を下ろし、ルーアを見つめながら訊ねる。
「ル、ルーア……」
「そうね、確かにそう。でも、あなたはいつもと様子が違う。――そう、まるで中にもう一人いるみたいなのよ」
この状況を見ていたヴェーチルが、黙っていられずに会話に割り込む。
「先生こそ、いつもと違いますよ。ルーアがこんなに辛そうだっていうのに、どうしたんですか」
ヴェーチルに若干強く言われて、ウェリティは額に手を当てながら息を吐く。
この行動が一般的に見て正気とはほど遠いことくらい、自分でもよく分かっているつもりだった。
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