第六話 ダンベルグ教会
リーグルスの屋敷に向かう途中、アルジントは足を止めた。
ルーフェス旧市街の中心部、ランゲル地区を円形で囲うように造られた大通。そこから道を一本曲がって進むと、ダンベルグ教会へ向かうベル・ストリートに繋がる。
街で最も大きなダンベルグ教会が、なぜ貧民地区といわれるベル・ストリートに隣接されているのか。これに疑問を持つ者は少なからずいるが、街の歴史を考えれば十分に納得できる。
アンドラ王は自らが戦乱の世に生まれ、子供の頃から富を豪語する者と貧しさに哀泣する者たちを数多く目にしていた。
それゆえに戦を憎み、貧富の差を嫌った。人々の生活が平等で豊かになることを何よりも重視したのである。
平等の象徴でもあるダンベルグ教会をベル・ストリート周辺に置いたのはアンドラ王だった。彼はこの貧民地区に平等の象徴を掲げることで、人々にそれを認識させようとしたのである。
教会は生者も死者も平等に受け入れてくれる場所、つまりは聖域であり、悪魔の侵入が決して赦されない場所だ。
アルジントは随分とこの教会に来ていなかったが、成りゆくままに足をダンベルグ教会へ向かわせていた。
二四時間解放された教会の扉を開けて、アルジントは中へ入った。
蝋燭の火が等間隔でゆらめいているものの、薄暗い建物の中に人は見当たらない。
そのまま導かれるように、ゆっくりと祭壇の方へと歩いて行った。
祭壇横のパイプオルガンが視界に入り、アルジントはふと懐かしさが蘇った。昔はよくこのオルガン演奏を聴いたものだ。
好奇心のままに
その余韻が消えるまで、アルジントはじっと耳を傾けていた。
「――誰かいるのか?」
オルガンの音が聞こえたのか、声とともに扉が開いた。
そこに立っていたのはリード牧師、ジェインの父だった。
彼はまっすぐと祭壇へ向かって歩いてくるが、アルジントが立つ方向は見向きもしていない。
「……当然だな」
アルジントは自嘲するように呟いた。
どうせ聞こえない声だ。教会へ来た理由も、何か助けを乞おうとしたからではない。
「君はオルガンを弾くのか?」
唐突に訊かれて、アルジントは俯いていた顔を上げた。
知らぬうちにリード牧師の視線がこちらに向けられていたことを知る。
「……見えていたんですか?」
リード牧師は無表情に近い顔で、わずかに口角だけ上げた。
「ああ、私も同じ体質でね。君もここには自由に来るといい。アルジント・リーグルス君」
「あなたの御子息と会いました。なぜ死者が見えることを話さないのですか?」
「……言う必要のないことまで話さなきゃいけなくなるからだよ」
「どうして――」
「言わない方が良いこともある。君のお父上なら、それがよく分かっているはずだ」
アルジントは瞬時に反応を示し、リード牧師を見た。
「父上が何をしているのか、知っているんですか?」
「……ああ。だが、私からは言えない。申し訳ないとは思っている」
リード牧師にそれほど期待していたわけでもなかったが、やはり無理かとアルジントは乾いたように小さく笑った。
リード牧師はパイプオルガンに右手を乗せると、ほの暗い短三和音を鳴らした。
その音の余韻が響く中で、アルジントは訊く。
「あなたはご自分のお父上――先代のことをどう思っているのですか? 悪魔についても――」
リード牧師は覇気のない虚ろな表情をアルジントへ向けた。
「知りたいのか? 何のために?」
「死者の――……いえ、死者をこれ以上増やさないために」
アルジントの答えを聞いて、リード牧師はパイプオルガンから離れると、祭壇の女神の方を見上げた。
そして、静かに物語るように口を開く。
「……私の叔母、サラ・リードは非常に勉学熱心な妹だったと父から聞いた。古書が好きで、よく本を読み、特に街の歴史に大層な興味を持っていたと聞く。そして、村娘に恋した王様の話がとても好きだったようでね」
「それは、郊外のネルソン村の娘の話ですか?」
「――やはり知っているか。さすがは神の代弁者とも言われたアンドラ王、その直属の騎士の家系だ。でも、今日はこの話をする気分ではないんだ。また今度、聞かせてあげよう。……すまないね」
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