第四話 教会の鐘

 翌朝、ヴェーチルが家を出たのは午前五時半頃であった。

 これからいつも通りの学校だが、ヴェーチルにはその前に寄る場所がある。


「おはようございます」


 誰もいないダンベルグ教会の扉を開けて、挨拶をする。

 そのまま正面に向かって歩き、慈愛に満ちた表情を浮かべる女神像に祈りを捧げる。



 ――どうか、我々をお救いください。



「……おはよう。今日も早いね、ヴェーチル君。いつも朝早くからありがとう」


 背後の声に振り向くと、ダンベルグ教会のリード牧師が立っていた。

 彼は四〇歳手前の年齢で、物静かだが人当たりも良く、周辺住民からは随分と慕われている。


「いえ、むしろ僕なんかに仕事を与えていただき、ありがとうございます」


「いいや、鐘を鳴らすということは非常に大事な仕事だ。学生だし、申し出てくれた時は断ろうとも思ったんだけどね。自分で稼ごうとする君の意志の強さと自立心に、私は負けたんだ。でも無理な日は来なくていいよ、私も主としてここに来ているわけだからね」


 穏やかに微笑みリード牧師に、ヴェーチルは苦笑を浮かべた。


「僕たち兄妹はこうでもしないと生活が厳しいんです。リード牧師に支援いただいているのに、たまに菓子を食べてしまうことには申し訳なさもあるんですけど……。でも、それには自分で稼いだお金を使うと決めています」


「それくらい普通のことだ。君たちはもっと美味しいものを食べていい。……私はもっと君たちを援助したいと思っているんだよ」


「もう十分過ぎます。……まあ、それで時々学校に遅刻するんですけど」


 ヴェーチルは照れ笑いを浮かべると、リード牧師もつられて頬を緩めた。


「いいじゃないか。君は妹の面倒を見ながら、朝のひと仕事を終えて学校に行っているんだ。もっと頼りなさい、そのために私たちは存在しているのだから」


「ありがとうございます。……それでは、準備をしてきます」


 ヴェーチルはリード牧師に一礼すると、教会の塔へと向かった。


 急な螺旋階段を上がった先、その塔の天辺の鐘を撞くのだ。



 鐘を撞く午前六時まで、あと一分。


 点検を終えたヴェーチルは、上を向いて鐘撞き用のロープを握る。



「――今日が良い一日になりますように」



 そして、今日も鐘を鳴らした。

 

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