第四話 死亡者名簿

 ポム・ド・ノワールでアルジントが提案した死者の調査を行うため、その翌日、ウェリティの研究室では打ち合わせを行っていた。


「――で、これが昨日話した『死亡者名簿』」


 ウェリティがテーブルの中心に分厚い本を置いた。

 椅子に座っていた三人が、それを見ようと身を乗り出す。


 アルジントが真っ先に手を伸ばしたが、一瞬の迷いがあったのか、そのまま何も掴むことなくゆっくりと手を引っ込めた。


「……今更だが、それは僕たちが見てもいいものなのか?」


「ええ。あなたたちさえ良いのならね」

 

 ウェリティのどこか他人事な言葉と柔らかな笑みが、意図しての不協和音を奏でている。


 身体が竦んだルーアは、分厚い本をただ遠目で見ることしかできなかった。


 一方で、肝の据わったアルジントが名簿を手に取ると、表紙、内表紙と順番に頁をめくった。


「……」


 無言のまま、アルジントは興味深く本に視線を注いでいる。


「随分と詳細な記録だ。その牧師がたった一人でこれを書いたなら、相当死人に取り憑かれているな……」


 名簿に記載された死亡者は、生年月日、死亡年月日、死因、死亡年齢まで記録されていた。

 当時の居住地や家族構成まで書かれているため、死亡者とはいえ、これらは完全に個人情報である。

 牧師という立ち場がなければ、普通はここまでの情報は入手できないであろう。


 頁を捲る途中でアルジントは一瞬だけ顔をしかめると、そのままパタンと本を閉じた。

 テーブルの中心にそれをそっと戻して、感想をひと言述べる。


「……なかなか興味深かった」

「あら、面白くない顔をしてるわねえ?」

「それを言うな」


 不満げなアルジントに対して、ウェリティはにこやかな笑みを浮かべた。

 若干、不貞腐れるアルジントの横で、ヴェーチルが訊く。


「ここに載っている名簿の中で、最近の死亡者はいつ亡くなったんですか?」

「……ええと、それなら確か今から八年前ね。最終頁を見ればわかると思うけど」


 ウェリティはページを捲って見せた。


 ルーアも一つだけ質問する。

「ここに書かれている人たちは、全員が私たちみたいな死者なんですか?」

 ウェリティが口を開く前に、

「それは違う」

 ルーアの言葉を真っ先に否定したのはアルジントだった。

「死者として復活した者は、この中のごく一部だ。八年も経過していれば、復活していても既に幽霊ゴーストだろうから、生者にその姿は見えない」


 この意見はアルジントが言うからこそ説得力がある。

 現に八年を経て幽霊ゴースト化したアルジントの存在こそが、何よりの根拠なのだ。


 ヴェーチルが思い付いたように両手を叩き合わせる。


「死者を探す方法の一つとして、一番手っ取り早いのはアルジントと話すことができる人を見つけることだよね?」

「まあ、そういうことになるな」



 ウェリティが椅子に座ったまま、にこやかに三人を見た。

「そんなすぐに会えるとは思わないけど、気分転換にでも学校を徘徊してみたらどう? 放課後の教室なんて、風流じゃないかしら。私は調べものがあるから、ここで待っているけど」


 その言葉を聞いたヴェーチルが苦笑したのを、ルーアは見逃さなかった。

 幽霊ゴーストの徘徊など、笑うに笑えない。

 それを最も感じているのはアルジントのはずだが、ルーアには彼が誰よりも平然としているように見えてならなかった。

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