第四話 帰宅

 終業の鐘が鳴った。

 生徒たちは帰宅して家業を手伝うか、学業に励むか。大抵どちらかに分類される。

 ルーアはいつもと同じように寄り道することなく、まっすぐ帰路を急いだ。

 

 道中をゆっくり歩きながら、ルーアは今日の出来事を母親に話すべきかどうか考えていた。


 近隣の村人と共同で牧畜と農業を営むルーアの家では、主に牛乳売りと野菜売りを生業としている。

 休日には母親ととも収穫物を荷車に乗せて街まで売りに行き、帰りは街でパンや調味料など必要な食材を購入して帰るのだ。

 村民の大半は同じように生計を立てている。


 母親はルーアの学校の話題をいつも楽しみに待っていた。親でありながら姉妹のようであり、ルーアがもっとも信頼する人こそ母親だった。



 城壁の門をくぐり抜けたルーアは、村に続く街道――砂利道を歩き始めた。

 両脇には緑の田畑が広がっており、城壁により遮られていた景色が一同に開かれた。


 遠くには家がぽつりぽつりと不規則に建ち並んでいる。

 空は橙色に染められ、少し冷えた風を感じて、まるで一枚の絵画の中を歩いているような感覚だ。


 ルーアは村の澄んだ空気を勢い良く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 この土地の空気が一番好きだ。淀んで滞った息苦しい街中の空気とは違う、爽やかな風を肌で感じる。


 家へ到着した頃には、既に日暮れも近かった。

 ルーアは戸板を勢いよく開けると、母親の姿を探した。


「お母さーん! ただいまー!」


 その呼びかけに応えるように、部屋の奥からくぐもった大きな声が大きな物音とともに返ってきた。


「ルーア! お帰り、今そっち行くから待ってて!」


 床にはたくさんの木箱が、足の踏み場もないほどに散乱していた。

 ルーアはわずかな隙間を見つけて、つま先立ちでそっと歩く。


 居間の椅子に腰を下ろしたところで、母親が歓喜の声とともに現れた。

「ルーア、お帰り! あったのよ! 昔の手紙!」


 母親は少女のように満面の笑みを浮かべ、赤色に塗装された木箱を大切そうに両腕で抱えている。

 ルーアもその木箱には見覚えがあった。母親が思い出話をするとき、この木箱の話題に行きついてはいつも悲しそうな顔をすることを知っている。


「見つけられて良かったね!」

「ええ、本当に!」

 無邪気に喜ぶ母親の様子を見て、ルーアも自然と顔が綻んだ。



 夕食の席で、ルーアは学校での出来事を母親に話した。

 真剣かつ好奇心に満ちた顔で、母親は娘の話を聞いていた。


「――それでね、エマには最初見えなかったんだって。そんなことあり得ると思う?」

 これはヴェーチルのことだ。

「ルーアは一緒に話をしたんでしょう? もし幽霊だったら会話なんてできないと思うけどね。それに登校の時にぶつかったのなら、それこそ普通の生徒じゃない?」

 確かにその通りだ、とルーアは思った。

「ねえ、ルーア。気にしなくて大丈夫だから。直接話をしたのはルーアなんだし、それ以上心配することないわ」

 母親は包み込むような笑みを携えながら、穏やかな眼差しを向けた。

「……うん。そうだよね、ありがとう。……それでね、明日は少し学校に残る用事があって、少し遅くなると思うから、先に夕飯を食べていてほしいの。ごめんなさい」

「分かったわ、帰りは気をつけてね」


 母親は少女のような微笑みを向けた。


 ずっと悩んでいたことが馬鹿らしく思えた。

 エマの反応を気にしていたのも、母親に話すことで全てが吹っ飛んだような気がした。

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