第80話 遭遇



 翌朝になり、新規のダンジョン調査依頼を受けるため、階下に降りると、リアリーさんから声がかかった。



「あっ! いいところに来たわね! 朗報よ! 朗報!」



「朗報ですか?」



「ええ、そうよ。このホーカムの街に探索者が戻ってくるわ!」



「え? でも、国のお達しでヴェンドの街に集められてるはずじゃ……」



 ニコニコと笑みを浮かべたリアリーさんが、手招きしてカウンター席を勧めてくる。



 いつものようにカウンター席に腰を下ろすと、文章が書かれたウィンドウが空中に浮かび上がった。



 書かれた文章を読み進めていく。



 えっと、つまりこれはヴェンドの街への探索者集中という施策を変更するってお触れか。



 それにしても動きが早い。



 国の決まり事がこうも簡単に覆るとは……。



 リアリーさんもダメもとで、総ギルド長あてに意見書を送ってみるって言ってたが。



 それが反映されたってことだよな。



「駆け出しの方は、こちらのホーカムの街に戻ってきそうですね。この支援金があるので」



 一緒に内容を読んでいたアスターシアが、俺が気になってた部分を指で差した。



「LV10までの探索者限定で支援金支給。ダンジョンの調査討伐依頼だけでなく、周辺警戒の依頼も探索者ギルド本部が出すってのも書いてある。人手が集められて、仮に今回みたいな超速で成長するダンジョンができても発見が遅れるってことはなさそうだ」



「駆け出し連中が戻ってくるのか。ちっ、せっかく静かなのに、ここがまた騒がしくなるじゃねえか」



 話に入り込んできたのは、テーブル席で朝飯を食べていたトマスだった。



 口では嫌がってる感じだが、顔には喜んでいる表情が浮かんでいる。



「まさか、ここまで動いてくれるとは思ってなかったけどね。あ、そうそう。それに先立って、探索者ギルド本部が該当ダンジョンが発生した場所の正式な確認作業をしたいらしくって、ヴェンドの街から探索者を派遣してるみたい。悪いんだけど、トマスとアスターシアちゃんとヴェルデ君はその人たちの案内役やってくれる?」



 例のダンジョンがあった場所への案内役か。



 というか、地下の魔素溜まりがどの辺にあるのか把握するための確認作業ってことだろう。



 探索者ギルドも超速で成長するダンジョンが発生する可能性のある場所は完璧に把握しておきたいってところか。



 まぁ、周辺の安全のためにも正確な場所は知ってもらった方がいいよな。



「俺はいいですよ」



「ヴェルデ様がいいなら、あたしも問題ありません」



「オレもいいぜ。どうせ、しばらくは街にいるつもりだし」



「ありがとうねぇ。昨日の朝には専用馬車でヴェンドの街を出てるから、そろそろ到着すると思うんだけど――」



 ご丁寧に専用馬車まで用意して、確認作業をする探索者を送り込んで来たのか。



 それだけあのBランクダンジョンの討伐報告が、いろんなところに波紋を起こしたって感じなんだろうな。



「相変わらず、しけてる街だぜ」



「そう言うな。前金をもらった以上、仕事はしないとな。それが、どれだけやりがいのない仕事でもな」



「装備を買い戻しやら、新たに購入したものの支払いやらで、金欠じゃなきゃ、こんな探索者ギルドの使い走りみたいな仕事はしなくてよかったですが――」



 探索者ギルドの入口から、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。



 振り返ると、そこにはデキムスたち3人がいた。



 はっ!? なんで、あいつらがホーカムの街に来てるんだ!?



 俺たちの足取りを追うことなんて、無理だったはずだが!?



 一番会いたくない連中に、会うはずのない場所で再会したことで、心臓の鼓動が早くなる。



 隣に座っていたアスターシアも、デキムスたちの存在に気付いたようだ。



 もちろん、ガチャも気付いた。



 ガチャはスッとカウンターから降りると、おやつをおねだりにいく様子を見せ、ウェンリーのいるキッチンスペースに身を隠す。



 ナイスガチャ! 悪いがそこで隠れててくれ!



 ズカズカと足音を立て、入ってきた3人はカウンター席に並んで腰を下ろした。



「貴方たちが、ヴェンドの探索者ギルドが送ってきた確認係かしら?」



「ああ、そうだ。ヴェンドのギルド長からの書簡。それにオレらの身分証。確認してくれ」



 リーダー格のデキムスが、書簡とタグペンダントを出すと、他の2人も同じようにタグペンダントを出した。



 リアリーさんは、タグペンダントを読み取り機に置き、機器を操作する。



「探索者デキムス、探索者トルーイ、探索者デモンズ。たしかにヴェンドの街の探索者ギルドで、確認作業の依頼を受けてるわね。ご提供ありがとう」



 身分の確認作業を終えたリアリーさんが、3人にタグペンダントを返す。



「で、ここに座ってる3人が、例のBランクダンジョンを攻略したっていう3人か?」



 デキムスの視線が、俺たちが首から下げているタグペンダントに注がれている。



 さすがに容姿や声も変えてるので、探索奴隷だったシアと『渡り人』の明日見 碧あすみ あおいだとは気付けないようだ。



「ありえねぇ……」



「女も入ってるぞ」



 仲間の2人は、俺たちがBランクダンジョンを攻略したと信じてない様子だった。



「すまないが、探索者ギルドから当人たちにもしっかりと話を聞いてくるようにって言われてるんだ。機械が正常って判定を出してるから疑っているわけじゃない。ただ、どうやってアースドラゴンを倒せたのかが、気になっているらしい」



 俺だと気づいていないデキムスは、いたって普通にBランクダンジョンを攻略した時の様子を聞いてきた。



「どうやって倒したかだって? そりゃあ、ヴェルデが身の丈くらいあるデカい剣で居合を放ち、最後は倒れてきたアースドラゴンに潰されないよう胸元を突き上げて仕留めたのさ! あんたらにも見せてやりたかったな!」



 俺とガチャが野菜マシマシの夕食を目の前にして、お通夜状態だった宴会の時、トマスが散々喋った討伐の様子を、デキムスたちにも聞かせていた。



 チャンピオンソードは家の家宝だと説明してるし、能力的にも倒せないほど弱い偽装をしていない。



 身分証であるタグペンダントも、容姿と生体情報の重要情報はデータベースに登録はされるらしいが、名前や家名などは自己申告制で、偽名登録だったり、偽貴族は意外といるらしいと、リアリーさんには聞いている。



 まぁ、俺も最北のヴァルゴス帝国生まれの偽貴族なわけだが。



「ほぅ、身の丈もある剣だって? 腰の物は違うみたいだが」



 デキムスの視線は、腰に差していた打刀に注がれている。



「これは雑魚討伐用の刀だ。ボスを討伐するのに使った剣は家宝なので、そうそう簡単には使えない代物なんでね」



「いちおう確認のため、アースドラゴンを倒した武器を見せてもらえるだろうか?」



 デキムスは、こちらにノーと言わせない圧力をかけてくる。



 見せたところで身バレする武器ではないから、別にいいけどさ。



 仲間はやる気なさげなのに、デキムスだけやたらと真面目くさって、仕事をしてるな。



 魔法の袋と称している布の袋に手を突っ込み、空間収納からチャンピオンソードを取り出し、デキムスの前に置く。



「ほぅ、これはいい剣だ。触っていいか?」



「気を付けて触ってくれ。家宝だからな」



「分かっている」



 慎重にチャンピオンソードを手に持ったデキムスは、真剣な目で刃を見る。



 しばらく眺めていたかと思うと、剣を俺に返してきた。



「たしかにこれほどの剣であれば、アースドラゴンの固い鱗は容易に斬れたと思う。実力を疑って悪かったな」



 返されたチャンピオンソードを袋にしまうようにして、空間収納に戻す。



「まぁ、疑われても仕方ない。ヴェルデはBランクダンジョンボスを単独討伐したわけだし。だが、オレがしっかりとその現場を見たから間違いないさ」



「単独討伐か。トマスの証言はしっかりと報告書に書かせてもらう。ヴェルデの装備はしっかりしてるし、あの剣と剣の腕もあれば、倒せたのも不思議ではない」



 いちおうデキムスには、怪しまれてはいないようだ。



 だが、以前のこともあるし、油断はしない方がいい。



 俺が明日見 碧あすみ あおいだと悟らせるわけには絶対にいかない。



「探索者ギルド本部も慎重ねー。読み取り機械があげた報告が間違うわけないのに」



「オレたちは、探索者ギルド本部から事実を調べてこいって言われて金をもらってるからな。調べてるだけさ」



「はいはい、お仕事ご苦労様ー。じゃあ、これからダンジョンが発生した現場にも行くのね?」



「ああ、そのつもりだ。3人とも案内役に借りるが問題はないか?」



 デキムスは同意を求める視線を送ってきた。



 下手に断れば、いらない疑念を抱かれかねない。



 それに地下に魔素溜まりがある場所は、きちんと探索者ギルド側にも把握しておいてもらった方がいいはずだ。



 そう思い、俺は頷きを返した。



 アスターシアもトマスも俺と同じように頷いている。



「デキムスさん、とっとと終わらせましょうや。こんな田舎じゃ稼げないわけですし」



「そうですよ。ちゃっと行って、場所を確認して、報告すればいいんだしさ」



 デキムスの仲間は、依頼をとっとと終わらせたいのが、表情や言葉の端々から感じられた。



 彼らにとってこの確認作業は、やりたくない仕事のようだ。



「分かっている。急かすようで申し訳ないが、案内を頼む」



 仲間にせっつかれたデキムスが頭を下げ、案内を求めてきた。



「しょうがねえなぁ。ヴェルデ、アスターシア、行くか」



「そうだな」



「リアリーさん、デキムス様たちは急いでおられるようなので、ガチャ様のことお願いしますね」



「え? あ、うん。いいわよ。今日はお留守番ね」



 ナイスアスターシア! デキムスたちと一緒に行動してて、ガチャに疑念を持たれる可能性は潰せた!



 ガチャは体毛の色だけが変ってるので、一番容姿の変化が少ないしな。



 できれば、デキムスたちには長く会わせたくない。


 

 ガチャもそれを察して、ウェンリーのいるキッチンスペースに隠れてるわけだし。



 リアリーさんたちにガチャを任せた俺たちは、例のダンジョンが出現した場所へ向け、足早にホーカムの街を出発した。

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