第81話 新たな旅立ち


 ダンジョンが発生した場所の確認作業は淡々と終わり、日暮れ間近にはホーカムの街に戻ってきた。



 ずっと気を張っていたため、いつもなら感じない疲労感が重くのしかかってきている。



「おかえりー。ガチャちゃんは、大人しくお部屋の方に戻ってるわよ」



「すみません、ご迷惑おかけしました。ヴェルデ様、あたしはガチャ様の様子を見てきますね。あたしのタグペンダントはヴェルデ様にお預けします」



「ああ、そうしてくれ。俺もあとで行くよ」



 デキムスたちの動向は、きちんと把握しておきたいしな。



 このまま去ってくれるといいんだが、もしも何か不穏な動きを見せるのであれば、対処するしかない。



「すまないが、報告書端末を貸してくれ。現地で確認した情報を添えて、探索者ギルド本部に送りたい」



「いいわよ」



 リアリーさんが奥の事務室から報告書端末らしい薄い板を持ってきた。



 デキムスが薄い板に触れると、ウィンドウが浮かび上がり、文字が打ち込まれていく。



 キーボードか? あれ?



 デキムスが普通に使えてるってことは、この世界でもわりと普及してる品ってことか。



『渡り人』の与えた技術なんだろうけども、意外と俺が元居た世界よりか進んでる物もあるな。



 投影機能は、格段にこの異世界ウィンダミアの方が鮮明で見やすいし、どこでも使えるものになってるし。



 その分、ゲームっぽさが増すわけだが。



 空中に浮かぶウィンドウへ、デキムスが打ち込んだ文章を読み進めていく。



 どうやら問題はなさそうだ。



 俺の身バレはしてないようだし、地図機能を持つ魔導具に記憶させた魔素溜まりの場所の情報まできちんと添付している。



 この情報をもとに、ホーカムの街に探索者が戻れば、今回みたいな事案にも迅速な対応ができるようになると思われた。



「よし、書き上げた。とりあえず、トマスとヴェルデ、これで間違いないか?」



「問題ない」



「オレも問題ないな」



「アスターシアは、ヴェルデの承認を支持すると聞いているので、読み取り機にタグペンダントを載せてくれ」



 デキムスの言った通り、読み取り機にタグペンダントを置くと、報告書に俺とトマスとアスターシアの顔写真が添付された。



「あとはこっちの分を読み取らせれば」



 デキムスは仲間に視線を送り、自分たちのタグペンダントと読み取らせていく。



 浮かんでいたウィンドウが明滅して消えた。



「終わったみたいね。依頼料の後金の振り込み確認してもらえる?」



 デキムスたちの前に、他人に中を見られないという、例の個人情報保護ウィンドウが浮かんだ。



「これで一息つける。いろいろあって、しばらくダンジョン潜れなかったのでな」



「デキムスさん、とっととヴェンドの街に戻りましょうぜ! こんな田舎にいてもしょうがない!」



「そうですよ。例のことも調べないといけなし」



 仲間の言葉を聞いたデキムスの視線が厳しいものに変化した。



「トルーイ、口を慎め」



 厳しい視線に曝された仲間が無言で頷く。



 急にデキムスの態度が変化したな。



 例のことって、俺たちのことだろうか?



『渡り人』である俺を捕まえて、ダンジョン協会に身柄を引き渡せば、莫大な金が手に入るって話らしいが。



 まだ、諦めてなさそうな気配がしている。



「泊っていくなら部屋を用意するけど? どうする?」



「いや、待たせてある馬車でヴェンドの街に戻る。仕事も終ったしな。向こうでやること終わらせたら、こっちにも顔を出すかもしれんので、その時はよろしく頼む」



「あら、そうなの。じゃあ、今度来た時は泊っていってね」



「ああ、そうさせてもらうさ」



 デキムスたちはヴェンドの街に戻るらしい。



 なんとか無事に身バレせず済みそうだ。



 俺が表情には出さず安堵していると、デキムスから肩を叩かれた。



「ところで、ずっと気になってたんだが……。ヴェルデ、お前とはどこかで会ってないか?」



 まずい、俺のことに気付いたのか!? でも、身バレする要素は一切なかったはず。



 顔も声も変えてるわけだし!



 どうする……ごまかすか……。それとも――。



 腰の刀に手を掛けるか迷っていたら、リアリーさんが笑い出した。



「あら、覚えてなかったの? 以前、ヴェンドの街の馬車の停留所であったでしょ! ほら、なにか血相変えて誰か探した時よ」



 デキムスの視線が俺とリアリーさんを交互に見る。



 そして、認識が繋がったようで、デキムスは笑い出した。



「ああ! そうか! あの時の! そうか、そうか! どこかで見た気がしてたが、あの時か! あの後、このホーカムの街で探索者になったのか」



「そう言うことよ。何も言わなかったし、分かってたのかと思ってたわ」



 ふぅー、ナイスゥ! リアリーさん、ファインプレーだぜ!



 危うく身バレしたかと思って焦った!



「最近、忘れっぽくてな」



 どうやらデキムスたちは、俺を完全に別人だと思っているようだ。



 とはいえ、俺を追っているであろう、こいつらに近場をウロウロされるのは心臓に悪い。



 そろそろ、この街とはおさらばか……。



「デキムスさん、そろそろ出発しないと!」



「急ぎましょう!」



「じゃあな! ヴェルデ、また会えた時はよろしくな!」



 探索者ギルドを立ち去るデキムスたちを、俺は手を振って見送る。



 ここに居たら、あいつらと遭遇する回数も増え、身バレする可能性が高くなる……か。



 いい人たちが多くて、腰を据えられたらよかったんだが、街に駆け出し冒険者が戻ってきた時くらいが潮時だな。



 脱初心者ってくらいにLVが上がったから、さらなる修行も兼ねて別の街に行くと理由を付ければ、リアリーさんたちも不審がらないだろうし。



 アスターシアと話し合って、立ち去る日を決めないとな。




 その日の夜、風呂から部屋に戻った俺たちは今後のことを話し合う場を設けた。



「というわけで、そろそろ、このホーカムの街を立ち去りたいと思うが、アスターシアはどう思う?」



「こちらのことに気付いた様子はありませんでしたが、ヴェルデ様の言う通り、移動した方がいいかもしれませんね。リアリーさんからはまだまだレシピを習いたかったんですが、この状況ではワガママを言えません」



「ガチャはどう思う?」



 ガチャは『移動した方がいい』と言うように駆ける仕草をした。



 連中を待ち伏せして、処理するという手もあるが、そんなことに手を染め、街に居座るくらいなら、新天地に旅立つ方が何億倍もマシだしな。



 まだこの異世界ウィンダミアで見たこともない場所も多いし、新たな出会いもあるだろう。



「じゃあ、意見は一致したということで、旅立ちは3日後にしておこう。で、次の目的地はどこにする?」



「南に行きますか? クルリ魔導王国の南には密林地帯が広がってまして、獣人たちがそれぞれ集落ごとに都市国家を形成してるリ・エオー半島同盟国があります。ダンジョンのランクもここよりは上ですし、修行先としてはピッタリかと」



 密林地帯か。



 身を隠して潜むには、いいかもしれないな。



 追手がかかっても、撒けそうだし。



「暑い場所っぽいが?」



「ですね。このホーカムの街よりは暑いと思います」



 暑いと聞いたガチャが、びっくりした様子を見せる。



 暑すぎるのは、どうやら嫌いらしい。



 いやでも、君は熱い風呂に普通に入るじゃん。



「ガチャ、暑い場所だと水浴びが気持ちいいかもしれないぞ」



「そうですね。常に暖かい場所なので、お風呂よりは水浴びの方がいいかもしれません」



『本当に水浴びが気持ちいいんですか?』と言いたげに、ガチャがこちらを見上げてくる。



 たぶん、気持ちいいと思うが――、俺もまだどれくらいの暑さかは体験してないので分からない。



「まぁ、いろいろとあるかもしれないが、行ってみて、気候が合わなかったら、また別の街に向かえばいいさ」



「それもそうですね。ガチャ様もいろんな場所に行けば、いろんな美味しいものが食べられますよ」



 アスターシアの言葉を聞いたガチャが、すぐに行こうと俺の袖を前足で引く。



「現金なやつめ。3日後だって。とりあえず、目的地はリ・エオー半島同盟国で決まりだな」



「リアリーさんたちには、明日伝えておかないとおけませんね」



「ああ、いろいろと世話になったからね」



「また、帰ってこれますよね?」



「たぶん……ね。ほとぼりが冷めたら帰ってくるのもありさ」



 そう、デキムスたちが俺たちの追跡を諦めれば、大手を振ってこの街に帰ってこられる。



 それまで少しの間、旅をして見るのも悪くない選択だと思う。




 旅立つことをリアリーさんたちに告げて、瞬く間に3日が経った。



 別れの日、街の人たちが城門に集まってくれて、人だかりができている。



 大半の人が、ガチャとの別れを惜しみ、お土産という名のおやつを大量に持参しくれていた。



「ガチャ―、みんなにご挨拶するのはいいけど、そろそろ出発するぞー!」



 別れを惜しむ街の人たちに挨拶をしていたガチャが、こちらに向かって駆けてくる。



 ホーカムの街にはすでに駆け出しの探索者たちが戻り始め、街は以前の活気を取り戻しつつある。



 これからダンジョン探索や、周辺の警戒に向かう探索者たちが、城門に集まっている街の人を横目に見て首をひねりながら通過していった。



「本当に行っちゃうのね。でも、支援金も出ないし、競合する探索者が増えたらしょうがないわよね」



「すみません。本当ならここに腰を据えたいなって思ってたんですがね。でも、ホーカムの街でいろいろと探索者の勉強ができたので、新しい場所でもやっていける自信がつきましたよ」



「そう言ってもらえたら、ギルド長としては嬉しいわ。もし、ヴェルデ君たちが有名な探索者になった時は、あの子たちは私が育てたって言わせてもらうわよ」



「ええ、ぜひそうしてください! 俺たちはリアリーさんに育ててもらったも同然ですよ」



 俺の返答を聞いたリアリーさんがニコリとほほ笑んだ。



「ヴェルデざーん! アスタージアざん! いつか、また来て下さいねー! その時までには、ちゃんどしだギルド職員になってまずがらー」



 ウェンリーは朝からずっと号泣したままだ。



 昨日から、街に戻ってきた探索者も増えており、ギルド職員としての業務も激増して、やらかしまくっているのが号泣の原因なのかもしれない。



 でも、失敗にめげず仕事を一生懸命にやっているので、すぐにでも立派なギルド職員として、探索者たちを相手に切り盛りしそうな気配はしている。



「期待してますよ。ウェンリーさんもリアリーさんもお元気でお過ごしください」



 アスターシアも別れを惜しむようにウェンリーを抱き抱えていた。



「ちっ! せっかく、お前と組んで楽しようと思ってたのにな! オレには妹がいるから、この街からは離れられないが、お前たちも達者で暮らせよ! あと、たまには帰ってきて酒でも飲もうぜ!」



「ああ、その時はいろんな話ができるよう見分を広めてくるよ。トマスも無事でいてくれ」



「オレが無茶なんてすると思うか?」



「しないだろうな」



「正解だ」



 生きて帰るのを最優先する探索者だからな。



 無茶は絶対にしないと思う。



 トマスのそういう考え方を若い駆け出しの探索者に教えてくれれば、実力以上に背伸びして死んだり廃業してしまう者も減るはずだ。



「じゃあ、行きますね」



「また、会える日を楽しみにしてます」



 みんなに頭を下げると、俺とガチャとアスターシアは、次の目的地であるリ・エオー半島同盟国を目指し、ホーカムの街の城門を歩いて出ていった。




―――――――――――――――――――――――


とりあえず、ここで第一部完という形でお話を切らせてもらいます。


これから別の商業の原稿作業がありますので、WEBの再開は未定です。


できれば、中間選考に残ったカクヨムコンで受賞して商業化ってところで再開できればいいかなと思いますが、受賞できるかも不明なので、いちおう一区切りつけさあせてもらいました。


できれば、ガチャをビジュアル化したいとの野望がありますので、面白かったと思いましたら☆で応援して頂ければ幸いです。


シンギョウ ガク

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る