第76話 お通夜宴会
翌朝、門が開くと壁の外で野営していた俺たちは、ホーカムの街に入る。
「ヴェルデ! アスターシアちゃん! トマスも! 無事だったのか!?」
「ものすげー強い魔物が、溢れ出したって話を農村から来たやつから聞いてるが!?」
「無事だ! 無事だったぞ! リアリーさんとこに連絡しろ!」
「ガチャだー! ガチャが無事に戻ってきたぞー! うぉおおおおおおおっ!」
開門作業をしていた衛兵と街の人が、俺たちの姿を見て慌てふためいている。
すでに農村から走ってもらった人が、ホブゴブリンを含むゴブリン集団が溢れ出すほどの強力なダンジョンが発生していると報告してくれたようで、衛兵以外の街の人たちも手に武器を持っていた。
「無事帰ってきました! 原因だったダンジョンのダンジョンボスを討伐して入口が閉じましたので、新たに溢れ出すことはないかと思います!」
「ヴェルデのいう通りだ。Bランクまで急速成長したダンジョンのボスをやっちまったぞ! Bランクだ! Bランク!」
トマスの言葉に集まっていた人たちからどよめきが起きた。
「ホーカムの街の近郊でBランクダンジョン!? 嘘だろ!」
「ありえねぇー! トマス、その話、絶対に盛ってるだろ!」
「Bって、相当ヤベーダンジョンだろ! こんなド田舎の魔素の薄い地域でそんな凶悪ダンジョンが生まれるわけが――」
「アスターシア、ガチャ、街の人への説明はトマスに任せて、俺たちはリアリーさんに事の顛末を伝えに行こう」
「そうですね。きっと心配されているでしょうし」
街の人たちの質問にトマスが丁寧に答えている間、俺たちは先に探索者ギルドへ向かった。
向かう途中、街の人に話を聞いたリアリーさんとウェンリーが姿を見せた。
「ヴェルデ君、アスターシアちゃん、ガチャちゃん! 無事だったのね! 話を聞いてすぐに探索者ギルドの本部に連絡を入れて、ヴェンドの街から応援の探索者を回してもらう交渉をしてたところよ!」
リアリーさんは、俺たちを両手で抱くと安堵した表情を浮かべた。
「早速動いてくれてありがとうございます! 原因となったダンジョン周辺の捜索は、した方がいいと思いますし、その際人手があると助かると思いますよ。詳しい話は店でしますね」
「うんうん、まずは無事でよかった。ガチャちゃんも」
「ヴェ、ヴェルデさん、兄は無事で――」
トマスが向かったダンジョンの方向から、強い魔物集団が来たとの報告を聞いていたであろうウェンリーの眼の下にはくっきりと隈のあとが見える。
心配で眠れない夜をすごしたんだろう。
早く会わせてやらないとな。
「入口のところで、街の人たちと喋ってるよ。行ってやりな」
「は、はい! ありがとうございます!」
兄が無事だと知り、ウェンリーは一目散に城門の方へ駆け出していった。
「犠牲が出なくて本当によかったねぇ……。安全にするには原因のダンジョンを早く討伐しないといけないねぇ」
「それはもう終わってます。その件も含めて店でお話ししますね」
俺の言葉を聞いたリアリーさんの顔が驚きの表情で固まった。
「何を言って――!?」
「とりあえず、店に行きましょう。店に」
俺はリアリーさんの肩を抱き、くるりと方向転換させると、店のある方へ歩き出した。
店に入ると、カウンターの定位置となった椅子に腰を掛ける。
アスターシアに足を綺麗にしてもらったガチャも、上手く椅子を踏み台にして、カウンターの上で休憩を始めた。
「で、ちゃんと説明してくれるかしら?」
「その説明、オレも混ぜてくれ!」
追いついてきたトマスが、涙で顔がぐしょぐしょになった妹のウェンリーを伴って店の入口から入ってくる。
「とりあえず、まず先にオレが受けてたダンジョン調査依頼の達成報告をさせてくれ」
カウンターに座ったトマスが、黒い板とタグペンダントをリアリーさんに差し出した。
「う? うん、いいわよ。それで話が分かりやすくなるなら、早速手続きした方がいいわね。ウェンリー、仕事! 仕事よー!」
「は、はい!」
バタバタと走ってカウンター内に入ったウェンリーが、黒い板とタグペンダントを依頼達成確認用の板に載せる。
「Gランクダンジョン調査達成が……5件。……Bランクダンジョン調査達成が1件……B! Bランク!?」
トマスの調査依頼達成の中に、Bランクダンジョンのものが入っているのを見たリアリーさんが目を丸くした。
「兄さん、さっき城門で言ってた話、嘘じゃなかったんですね……」
「嘘じゃないって何度も言ってるだろう。オレは空中都市の地下機関部の魔素溜まりに繋がって、急速成長したダンジョンに閉じ込められかけたのをヴェルデたちに助けてもらったんだ!」
「で、これがうちの討伐達成のやつ」
俺とアスターシアのタグペンダントと黒い板を差し出す。
依頼達成確認用の板が淡い光を発したところで、リアリーさんは固まった。
「Bランク……ダンジョン……攻略……済み……って書いてありますよ」
内容を読み上げたウェンリーも、何が起きているのか分からないといった表情を浮かべている。
「機械の故障ではなさそうね……。信じたくないけど……」
「ホブゴブリンレベルの魔物が、ダンジョンから追い出されるくらいだからな。あのまま、オレがダンジョンで野垂れ死にして、ヴェルデたちに探索されず放置されてたら、この辺は人が住めない地域になってたかもしれないぜ」
トマスの言葉を聞くと、改めて強力なダンジョンが発生した時の周囲に与える影響が甚大になることに気付く。
強力な魔物が徘徊する土地で、安心して暮らすのは至難の業だ。
クルリ魔導王国みたいに、地面の中に強力な魔素溜まりができている土地では、今回みたいな偶発的な超進化ダンジョンが発生する可能性がいくらでもあるんだよなぁ。
今までみたいにヴェンドの街一極集中運用って危ないことが、今回の件で探索者ギルドやダンジョン協会に知ってもらえるといいんだが……。
「今の読み取りで、探索者ギルド本部にこれが送信されたから、大問題になってると思うわ。魔素溜まりが地下にあったという話だけど」
「オレの見立てだと、空中都市時代の地下機関部だった場所に溜まった魔素だと思う。膨大な量だったしな」
「魔素濃度400%を超えてました。ダンジョンが1日で姿を変えるほどの成長ぶりでしたので、あのまま放置してたら、Aランク、もしくはSランクまで成長してたかもしれません」
「今回の件でクルリ魔導王国が出してるヴェンドの街への探索者一極集中は解除されるかもね。さすがにBランクが偶発的にせよ発生しうる状況があるというのが報告されたわけだし、ダンジョン協会も放置はできない事例よ」
そうしてもらえると、助かるよな。
有力な探索者に来てくれとは言わないが、Gランクダンジョンを早期に潰せる程度でもいいので、数を揃えて欲しいところ。
早期発見、早期討伐、成長してしまったのは、ヴェンドの街からの応援をもらうって形にすれば、深刻化も免れられそうだ。
「ぜひ、探索者に戻ってきてもらえるよう、リアリーさんからも探索者ギルドに働きかけてください」
「まぁ、頑張ってみるわ。で、この報酬はどうするの?」
「調査依頼達成報酬と討伐依頼達成報酬を俺とアスターシアとトマスで分けますよ」
「割合は話がついてる?」
「オレが2割、残りはヴェルデとアスターシアだ。それでいいよな?」
「ああ、問題ない」
「あたしは特に何もしてませんのでヴェルデ様の決定に従います」
「了解、ちょっと待ってねー」
リアリーさんが手元の機器を操作して、報酬額の計算を始めた。
「調査達成依頼が3200ゴルタ、討伐達成依頼が1600ゴルタ。合計が4800ゴルタ」
となると、トマスの取り分が2割で960ゴルタ。
俺たちが3840ゴルタだから、アスターシアと折半して1920ゴルダずつか。
意外とお安い気がする。
でも、まぁ手に入れた物を処分すれば、かなりの金額になるし、問題はない。
「これで問題なかったら了承を押してね」
目の前にウィンドウが浮かび上がり、金額の間違いがないことを確認すると、了承に触れた。
「あと、素材の買い取りもよろしく」
解体しておいた魔物素材をカウンターに並べていく。
クラフト系スキルがあるのかは不明だが、今のところは使い道もないため、お金に変えておく方がいい。
オークションでも取引されてるみたいだけど、レアな魔物素材くらいしか購入されないようで、探索者ギルドに売る方が金になる。
次々に魔物の素材を査定して、浮かんでいるウィンドウに評価額が追加されていく。
高LVダンジョンの雑魚モンスターとはいえ、素材はけっこう高い値段で取引されてるようだ。
最後の一つの査定が終わると、総額が表示された。
「その額で問題ないかしら?」
総額9900ガルド……。
やっぱりアースドラゴンの素材は高いみたいだ。
とりあえず、俺の口座に入れておくが、パーティー資金として、食糧や装備品の更新やポーションの補充とかの資金にしておこう。
「問題なし」
口座の残高はかなりの額になっている。
生活費に関しては、そうそう困ることはなさそうだ。
エンチャント武器も手に入ったし、困ったらオークションにかけて売ればいいしな。
偶発的な高難度ダンジョンだったけど、終わってみればよい身入りをもたらしてくれたありがたいダンジョン探索だったと思う。
「とりあえず、今日は俺のおごりでお祝いしましょう。深刻な被害なく、高難度ダンジョンを討伐できたわけですし」
「お、いいな。奢ってもらうとしよう! それにお前となら、一緒にダンジョン探索してもいいぞ! オレが探索専従、ヴェルデたちが討伐専従でどうだ!」
意外とそれもありかもしれないな……。
とはいえ、Gランクダンジョンだけじゃ3人パーティーになると食えない可能性もある。
今回みたいにランクの高いダンジョンがある場所じゃないと、さすがに稼ぐのは厳しいかもしれない。
「んー、考えておこう」
「なんだよー! つれねえなぁー!」
「まぁ、状況次第ってやつさ。助けてもらうことも増えると思うしな。なぁ、ガチャ」
カウンターの上で丸まって話を聞いていたガチャが、レバーを回して応えてくれた。
「ガチャもヴェルデの味方かー。オレのあげた干し肉返せー!」
「あら、ガチャ様! トマスさんから干し肉をもらってたんですか!?」
ビクリと身体を震わせたガチャが、アスターシアとトマスを交互に見て、レバーを回し、戸惑った様子を見せている。
ガチャ、お前のそういう抜け目なく、誰にでも愛嬌振りまいて、おやつおねだりする姿勢は尊敬するぞ。
今日はお野菜攻めが厳しそうだ。
俺も頑張って食べるけど、食べきれなかったら諦めてくれ……。
「ガチャちゃんには、今日は特別メニューねー」
「ですねー。お野菜増量でいきましょう!」
ガチャがカウンターの上で立ち上がると頭をブンブンと勢いよく左右に振った。
とっても嫌なのでやめて欲しいらしい。
「それはちょっと……カワイソ―――」
リアリーさんとアスターシアから『黙っててください』的な視線が突き刺さる。
ガチャからは『タ、タスケテ』と言いだけな視線を向けられたが、俺はそれに応えることができない。
「お、お野菜おいしいよねー。もりもり食べないトナー」
「お任せください! ヴェルデ様のはお野菜マシマシにしておきますね!」
腕まくりしてキッチンに向かうアスターシアが、ニコリと微笑んだ。
す、すまんガチャ。
俺も野菜漬けにされそうだ……。
俺の膝もとに来たガチャがガクブルと震えているが、抗う術が残されていなかった。
「倒れる時は一緒だぞ。ガチャ……」
震えるガチャが猛烈な勢いで首を左右に振った。
その後、俺のおごりで街の人たちもあつまり、店の中は宴会になったが――。
お野菜マシマシの夕食を提供された俺とガチャは、終始お通夜状態だったことはお伝えしておく。
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