第42話 やらかしましたが大丈夫! たぶん、きっと!


「ヴェルデ様! ヴェルデ様、起きてください! 起きて!」



 目を閉じている俺の頬に衝撃が走る。



 意外と痛いんだが……。声の主はアスターシアか……。



 えっと、俺何してたんだっけ?



 ああ、風呂に入ってて――寝た!?



 ぱちりと目を開けると、涙目のアスターシアの顔が近くにあった。



「ガチャ様が呼びに来てくれなかったら、危ないところでした! よかった、お目覚めになられて……」



「すまん、寝てしまったようだ」



 ガチャが俺の前に座り、ふんす、ふんすと鼻息を荒くしている。



 どうやらガチャにも怒られているようだ……。



 いやだってさ、風呂が気持ちよかったわけだし、いろいろと考えてたら眠くなったわけで。



 って、反論は許されそうにない雰囲気だな。



 というか、風呂場で寝た俺を救出したのはアスターシアか? もしかして、裸を見られてしまったとか!? そうなるとお婿に行けなくなるわけだが!



 今の自分の状況を理解し、変な意味でドキドキが止まらないでいる。



「まぁ、まぁ、そうガミガミ言ってやんなさんな。風呂で寝るのは仕方ねえ。わしが担いで出して服も着させたことだし、大事には至ってないから許してやりな」



 脱衣所の奥からヌッと姿を現したのは、リアリーさんの探索者ギルドに最初に来た日、俺たちに『この街で探索者は儲からない』と言ってからかった老人だった。



「貴方は?」



「そちらのお方は、トランド様です。この共同浴場の管理人をされてる方でヴェルデ様を助けるお手伝いをしてもらいました。わたし、お水もらってきますね」



 老人の紹介を終えたアスターシアが、パタパタと脱衣所から駆け出していく。



 残された俺は、水死から救ってくれたトレンドさんに頭を下げた。



「共同浴場の管理人さん!? す、すみません! ご迷惑おかけしました!」



 白髪で少しイカツイ風貌のトランドさんが、視線を緩め、ニコリと笑う。



「いいってことさ。探索者がいなくなり、ダンジョンで産出される魔石が不足して、湯が沸かせなかった風呂が復活したのも、あんたが魔石をリアリーに譲ってくれたからだしな」



 魔石を譲る時、そう言えば、クルリ魔導王国では低レベルダンジョンで産出される小さな魔石が異常に高騰してるって話をされてたなぁ。



 本来なら十分に供給される量があるはずだけど、『オッサムの森』が『重点探索指定地区』に認定され、探索者が集められたことで、高ランクダンジョンから産出される大規模な魔導具に使う大きな魔石がダブつき国内では値崩れしてて、一般人の使う小さな魔石が品薄になり、国外の探索者ギルドから購入する羽目になって高騰してるんだっけ。



 本来なら1個50ゴルタにもならない小さな魔石が、今では輸送費も含め、1個250ゴルタを超えていると聞いた。



「譲ったというか、宿代として納めてもらったというわけですが」



「こまけぇことはいいって。あんたが低レベルダンジョンをガンガン攻略してくれると、小さい魔石も供給されるわけだし、頑張ってくれよな。風呂は自由に使っていいからな」



 豪快に笑いながらトランドさんが俺の肩を叩いてくる。



 ふぅ、アスターシアに裸を見られずにすんだのはありがたい。



 見られてたかと思うと、気になって夜も寝られなくなるからな。



 それにしても、ホーカムの街の探索者不足は深刻だよなぁ……。おかげで、俺は競合する人もなくぼちぼち稼げるわけなんだが。



「ありがとうございます。明日もまた魔石を見つけてきますよ」



「ああ、そうしてもらえると助かる。小さな魔石はいろいろな小型魔導具の燃料にもなってる生活必需品だからな。わしみたいなジジイではダンジョン探索もできんわけだし。ヴェルデとアスターシアに頼るしかない。もう一人いる探索者は絶対にボス討伐はしないし、宝箱も開けないし、魔物からも逃げるし、地図と情報だけしか売らないやつだかなぁ」



 そう言えば、ホーカムの街にはあと一人探索者がいるって言ってたっけ。



 ダンジョンの発生場所と内部構造を調べる調査専門の探索者だったはず。



 そっか、情報を探索者ギルド売るのが優先だから、探索よりも調査が優先されるってことなんだろうな。



 おかげで俺は助かっているんだが、今度探索者ギルドで会ったらお礼くらい言っておいた方がいいかもしれない。



「その人って名前は何て言うんですか?」



「トマスだ。探索者ギルドの職員ウェンリーの2つ上の兄貴だ。たまにしか街に帰ってこないが、探索者っぽい姿をしてる若いやつはトマスくらいしかいないからすぐに分かると思うぞ」



 へぇ、あのウェンリーの兄貴か……。



 だ、大丈夫なのか……。でも、大丈夫なんだろうな。いくつも調査報告を終えてるわけだし。



「おっと、アスターシアが戻ってきたようだな。あんたのわんこと一緒に蒼い顔して、管理人のわしに助けを求めてきた子だし、大事にしてやるんだぞ。さて、わしは火の番に戻るとするか」



「は、はい」



 トレンドさんは、もう一度豪快に笑うと、俺の肩を叩き脱衣所から出ていく。



 入れ替わりでアスターシアがコップを持って戻ってきた。



「ヴェルデ様、お水をお持ちしました! ささ、ググっとお飲みください!」



 差し出されたコップの水を一気に飲み干す。



 ぬるい水だが、湯に浸かって火照った身体にはとても美味く感じる。



「ふぅ、ありがとう。生き返った」



「今後は、ヴェルデ様がお風呂に入られる時は、眠られないよう常にお声をおかけしますからね。よろしいですね?」



 真剣な表情をしたアスターシアが、ジッと俺の顔を覗き込んでくる。



 ノーとは言えない雰囲気だよなぁ……。やらかしたわけだし。



 ガチャもふんす、ふんすとアスターシアと同じような圧を発しているし。



「はい、そうですね。それでオネガイシマス」



 風呂入ってる時に女湯にいるアスターシアと話すって意外と恥ずかしいんだが……。



 これからは、今日みたいに他の人がいない時間帯を狙って入らねばならないようだ。



 風呂を終えた俺たちは、リアリーさんの経営する宿に戻り、アスターシアがガチャの身体のブラッシングをするのを眺めつつ、明日に備えて寝ることにした。

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