第41話 風呂があるって素晴らしい!

 夕食中、ダンジョン探索で小さな魔石を手に入れた話をしていたら、リアリーさんが譲ってほしいと言ったので宿泊の代金として譲ったのだが――。



 おかげで湯沸かしの魔導具で温泉を温められるようになり、街の共同浴場が使えるようになったらしく、今は湯に浸かり探索の疲れを癒しているところだ。



 マジで日本人、異世界でやりたい放題やりすぎだろ……。はぁー、温泉が染みるぅう……。



 浴場はこんこんと湧き出る温かい湯が、石造りの広い浴槽になみなみと注がれ、木の囲いで目隠しがされた露天風呂であった。



 異世界ウィンダミアでは、200年ほど前、温泉地づくりに一生を捧げた『渡り人』がいたらしく、世界中に温泉施設が作られたらしいし、温泉の虜になった現地人の手によって、今も新しく作られてるとも聞かされた。



 ちなみにホーカムの街の共同浴場は、現地の人が資金を出しあって30年ほど前に作った物だそうだ。



 温泉の普及による入浴習慣の定着は、現地人の衛生観を激変させ、一定規模の街には温泉がない場合でも、湯を沸かして使う低額の公衆浴場があるらしい。



 おかげで、温泉が広く認知される以前に比べ、寿命が伸びや疾病率は下がったそうだ。



 と、ここまではいい話なんだが……。



『渡り人』がもたらした入浴習慣は、デメリットもあったわけで。



 そのデメリットが、入浴習慣が定着したことで、大量の湯が必要になり、湯沸かしの燃料として一般化したのがダンジョンで産出される魔石だったってこと。



 最初は木材とかで湯を作り出していたが、薪にするのに手間暇がかかるため、湯沸かしの魔導具が作られ、燃料として魔石が使われるのが一般化してしまった。



 湯沸かしの魔導具に設置された魔石は膨大な熱量を生み出すが、同時に大量の魔素を大気中に放出するそうだ。



 つまり湯を得るために大量の魔石を使えば、大気中の魔素濃度が上がり、魔素が溜まりやすい場所でのダンジョン進化を促進してしまうことになった。



 リアリーさんの話からすると、もとから魔素が溜まりやすかった土地でのダンジョン進化速度が、近年飛躍的に上昇しているらしい。



 おかげで周辺の土地にはダンジョンから溢れる魔物も増え、強力化しているそうだ。



 俺が転移させられた『オッサムの森』もダンジョン進化速度が高いため、統一ダンジョン協会が『重点探索指定地区』に認定した場所だった。



 1年前統一ダンジョン協会が、『オッサムの森』を『重点探索指定地区』に認定したことで、クルリ魔導王国も国内の探索者をかき集め、集中的に探索や討伐を進める施策を打ち出した。



 そのしわ寄せが、低レベルダンジョンしか生成されない土地での探索者のなり手不足。



 国のお達しで、ホーカムの街にいた若い駆け出しの探索者はヴェンドの街に移動し、高ランクのダンジョンの探索に駆り出されて、大けがを負った者や死人が結構出ていると聞いた。



 同じように探索奴隷も需要が高まっており、シアみたいに田舎村で人狩りに襲われて奴隷化され、探索者に売られる者が増えたそうだ。



 200年前の『渡り人』がもたらした温泉が、現代の異世界ウィンダミアにとんでもない影響を拡げている。



 日本人である俺にとっては、温泉が存在するのはありがたいんだが、素直に喜べねぇ。



 あー、でも気持ちいいな……。問題が起こると分かってても、こればっかりは、やめられないよなぁ。



「ガチャ様ー! 逃げてはいけません! お身体を綺麗にせねば! お待ちください!」



 湯に浸かってリラックスしていた俺の耳に、女湯からの声が聞こえてきた。



 アスターシアが、ガチャも入浴させ綺麗にしたいと申し出たので、彼女に任せていたのだ。



 できれば俺がガチャの身体を洗いたかったのだが、貴族の息子がやるべき仕事ではないと断わられてしまった。



「おーい、アスターシア。ガチャが嫌がってるなら、無理に洗わなくても―ー」



 仕切りの向こうにいるアスターシアに声をかけたら、仕切りの上から何かが飛び出してくる。



「あー! ガチャ様が、そちらへ行ってしまいました! ヴェルデ様、申し訳ありません! 掴まえてくださいませ!」



 飛び出した物体はガチャだった。



 器用に岩場に着地すると、トトトと歩いて俺の前に来る。



 その身体はびしょぬれだった。



「ガチャ、待て! 身体は洗ってもらったのか?」



 ガチャはうんうんと頷く。



 俺にはガチャガチャマシーンにしか見えないんで、しっかりと洗い流してもらったのか確認できないのが辛いところだ。



「アスターシア、ガチャは身体をきちんと洗えたのかい?」



「は、はい! 洗い終わったところで、そちらに行かれてしまいました!」



「ガチャが、こっちに来てしまったことはしょうがないから。なぁ、ガチャ」



 ガチャが頷くと同時にブルルと身体を震わせ、水滴を飛ばす。



「ということで、ガチャは俺と一緒に風呂に入るってさ」



 リアリーさんから探索犬のガチャもしっかりと身体を洗えば、入っていいと許可をもらってるし。



 ガチャもお湯に入りたそうにしているしな。



「し、仕方ありません。では、お願いします」



「任された! ガチャ、こっちこい。一緒に温まろうぜ!」



 ものすごい勢いでガチャが浴槽に飛び込んでくる。俺の膝の上にきたガチャは、そのまま湯で温まるつもりなのか、プカリと浮かんだ。



 ふむ、ガチャはわんこだが風呂好きか。水好きのわんこもいるし、温泉好きのわんこがいてもおかしくないな。


 ただ、俺には蛍光ピンクのガチャガチャマシーンが、風呂に入ってるようにしか見えないのが玉にキズだ。



 でも、俺の心の目にはわんこガチャがお湯に浸かってほっこりしている姿が見えてる……と思いたい!



「ガチャ、気持ちいいか?」



 膝の上を脱出して、お湯の中をプカプカと気持ちよさそうに浮いているガチャに聞いてみた。



 ガチャは『気持ちいい』と返答するように、レバーをゆっくりと回して応えてくれる。



 俺もガチャに釣られて、浴槽で足を伸ばして大きく伸びをした。



「はぁー、今日も一日頑張りました。明日も頑張るかー」



 浮かんでいるガチャも相槌を打つようにレバーを回してくれた。



 いろいろと身分に問題もあるし、大変だと思うこともあるけど、この生活も案外悪いもんじゃない。



 食い扶持もガチャがくれるスキルのおかげでなんとか稼げそうだしさ。



 温かい温泉もあるし、美味い日本食もあるわけで。



「ヴェルデ様ー! お風呂で寝てはいけませんよー!」



 んでもって、美人のメイドさんまで一緒なわけだし。



 ひーこら言って、馬車馬のように働かなきゃいけないわけでもない。



 探索者としてほどほどに稼いで、早々に田舎で隠居生活とかでもいいかもしれないなぁ。



 となると、隠居場所探しも同時にしていかないと。



 ほどよい熱さの湯に浸かり、まったりと今後のことに思考を巡らせていると探索の疲れもあって眠気が押し寄せてきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る