第29話 異世界の和食定食


「さぁさぁ、食べて。ガチャちゃんのこっちに用意したからねー。どうぞー」



 テーブルの上にはザ・和食定食とも言うべき食事が並べられている。



 ほかほかの湯気を放つ白いご飯に、具だくさんの味噌汁、肉じゃが、魚の塩焼き、焼きのり、漬物。



 こっちに来る前は、ずっと家に籠ってインスタントラーメンばっかだったし、外食もできなかったしな。



 アスターシアの作ってくれる飯も美味いが、これも美味そうだ。



「ガチャ、アスターシア、頂くとしようか。冷めたらもったいないし」



「そうですね。頂きましょう」



 許可をもらったガチャは、俺の膝から飛び降りると、専用の皿に盛りつけられた柔らかくほぐされたお肉のペーストに顔を突っ込んですぐに食べ始めた。



 あったかい白いご飯を手に取り、備え付けの箸ですくうと匂いを嗅ぐ。



 米のいい匂いが食欲をそそるぜ……。



 パンもいいんだが、やっぱ米も食いたいよね。



 米を口に運び、咀嚼すると、甘みがどんどんと増していく。



 美味い米だな……。異世界米、美味すぎだろ!



 米の甘みを噛みしめながら、具だくさんの味噌汁をすする。



 わかめ、豆腐、ネギなんてのもこの異世界では手に入るのかよ。



 日本食を極めようと作物改善に力を注いだ『渡り人』の執念やべーな。



 にくじゃがは人参、玉ねぎ、豚肉か。



 煮崩れしないくらい大きめに切ってあるけど、どれも味がしっかりしてる。



 魚はアジかこれ……。ふっくら、しっとりと焼き上がっているし、大根おろしと醤油のコンボで箸がとまらねえ。



 海苔もパリッとしてるし、大根の漬物もほど塩加減。



 定番だけど飽きない味っぽい。毎日通いたくなるな。



「美味いね」



「はい、とても美味しいですね。わたしもこれくらい美味しい食事を作れるようになりたいです」



 アスターシアも、一口食べては美味しさを感じて、頬を緩めている。



 異世界の和食定食の威力、半端ねえ。



「気に入ってもらえたようね」



 リアリーさんが、すでに自分の食事を完食したガチャを抱えテーブルに座ると、口元の汚れを拭ってくれる。。



「ええ、毎日でも食べたいくらいですよ」



「わたしも料理の勉強をさせてもらいたいくらい美味しいです」



「あらあら、褒めても何も出てこないわよ。ねー、ガチャちゃん」



 口元を綺麗にしてもらったガチャが、レバーを回して喜んでいた。



「あー、そうそう。忘れそうだったけど、旅の中で2人とも探索者志望ってお話をしてたわよね? うちで登録していく? 登録はすぐにでも終わるし。それに宿なら、うちの部屋を提供するわよ。いっぱい空いてるからね」



 リアリーさんの方から探索者登録を切り出された。



 こっちから切り出そうと思ってたから、渡りに船だ。



 どうせ、宿も探す手間も省けるし、飯は美味いしな。



 アスターシアに視線を向けると、了承を示す頷きを返してくる。



「ぜひ、登録させてください。なぁ、アスターシア」



「はい、ぜひ」



 探索者登録をしたいとリアリーさんに申し出たら、周囲のテーブルにいた老人たちが笑い出した。



 なんで笑われる? おかしいことを俺が言ったか?



 アスターシアに視線を向けるが、彼女も笑われた理由が分からないらしく、戸惑っている様子だ。



「にーちゃん、こんな辺鄙な街で探索者なんてやっても儲からねえぞ」



「そうそう、若い連中は、みんな『オッサムの森』でヴェンドの街に出て、そっちで探索者してるしな」



「低レベルなダンジョンしか出ない、このホーカムの街は寂れる一方さ」



 そんなに稼げないのか?



 まぁ、でもしばらくの生活費はあるし、経験を積む意味も含め、ホーカムの街に滞在してダンジョン探索に勤しむつもりだ。



「あの人たちの言うことは、半分当たってるし、半分間違ってるわ。当たっているのは、稼げないってところ。間違っているのは、探索者は身の丈に合わないダンジョンには潜らない方が稼げるってところかしらね」



 リアリーさんは、ガチャの頭を撫でながらが、老人たちが笑った理由の補をしてくれた。



「稼げないんですか? アスターシアからは探索者は儲かると聞いてますが……」



「低レベルダンジョンが生み出す魔物の素材は単価が低いし、宝箱からはそうそうよい物は出ないでしょうしね。でも、その分確実にダンジョン主を退治して帰還ができる。死んだら終わり。ねー、ガチャちゃん」



 リアリーさんの言う通りだ。



 身の丈に合わないダンジョンに挑んで、死んでしまえば稼げない。



 俺の実力がどれくらいか分からないのに、高ランクダンジョンに挑むのは死亡する確率が高くなるよな。



 デキムスたちも撒いたし、俺が『渡り人』だってバレてるわけでもないんだから、ゆっくりと探索者をやればいい。



「リアリーさんのお言葉、心に留めておきますよ。さぁ、登録お願いします!」



「あら、しっかりした子ね。ご両親の教育がよかったのかしら。アスターシアちゃんもいいご主人様に仕えてよかったわね。大事にしてもらいなさい」



「はい、返しきれない御恩を受けておりますので、身も心もヴェルデ様に捧げてお仕えしております!」



 身も心も捧げてはいろいろとこっちも言われると恥ずかしいのだが……。



 美人のメイドさんを侍らせてる貴族っぽく見えるしさ。



 言葉にオブラートを包んで欲しい気がする。



「うんうん、よい相棒になりそうね。ウェンリー、登録作業するから道具もってきてくれるかしらー」



「はーい、今お持ちしまーす!」



 リアリーさんの呼びかけに返事をしたのは、ギルドの職員らしい制服を着た茶髪の若い女性だ。



 魔道具らしき品を抱えて、俺たちのテーブルの前に駆け込んできた。

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