第30話 製薬レシピ公開9・顛末
結局、イクシ氏と製薬会社との間での残金の支払い交渉はまとまらなかったらしい。
要は、氏と製薬会社との間で事前に交わした契約では、(ヒール)ポーションのレシピを探る事になっており、アンチエイジング薬液のレシピや機材の製法では契約が満たしたとはみなせないと言う判断になったらしい。
元々失敗の可能性を考慮した契約になっているので、失敗と判断されても前金の返金を求められる様な事は無いらしいのだが、残金をもらう事は出来無い上にレシピ等の返却も行われないとのからおかしな話ではある。
その辺がちょっと、いや、かなり納得いかない話と言えよう。
まぁ、両者とも契約に際しての条件でポーションのレシピがうちにあるって、量産も行っている前提で契約しているんだから、真面に満了するはずがない。
だって、きちんと効能の検証を済ませたポーションなんて、このダンジョンには無いのだから。
実を言ってしまえば、ダンジョンコアから習ったポーションのレシピは存在する。また、そのレシピに基づいてポーションを作成した事実もある。
あくまでも妻が、ではあるのだが。
ぶっちゃけてしまえば、アンチエイジング薬液と言うものは、このポーションと呼ばれる薬液の延長上にあるものなのだ。
当然と言えば当然だろう。
そもそもがダンジョン内で結構な怪我を負って、それを直す為に宝箱から取得したポーションを使った時の効果に着想を得て、更にアンチエイジング方向に効果を高める研究を行った結果完成したのがアンチエイジング薬液なのだから。
これでポーションに類似した効果が無ければ、むしろおかしいと言って良い。
ただ、実際に研究に使ったポーションは、自前で育てた魔草類を利用して妻が作ったもので、そのポーションのポーションとしての効能については、検証を全くを行っていない。
研究をする為の資金を提供してくれたパトロンであり、SNSサークルメンバーでもある面々は一般人で、彼女たちも飲む事を前提にしたものである以上、毒耐性などのスキルを期待できない事がアンチエイジング液の大前提ならざるを得ない。
その為、毒性の強さの確認≒アンチエイジング液のベース剤として一般人に使って支障があるかどうかの確認だけを十分に行っただけなのだ。
そう、治癒効果の確認を全く行っていない為、この薬液をヒールポーション類と呼ぶ事は出来ないと言うのがこちらの判断となるのだ。
魔法契約と言うものは、魔力で契約者の魂を縛る事で契約の履行性を大きく高める、と言うか不履行率を極限まで抑える。
それ故、昨今の重要な事案の契約時には、魔力操作が可能な者を交え、魔法契約の形で契約を結ぶ事が増えていると聞く。
今回の契約では、履行の状態次第で、精神(MP)をじりじりと削られ続ける形で味わう事になる苦痛を、死ぬ事は無いにせよ延々と集中力を欠いて殆どまともに生活出来なくなっても味わい続ける羽目になるペナルティが契約不履行の場合発動する事になっている。
それを理解しているが故にイクシ氏は無理な要求をこちらにしてこないし、こちらもこんなイベントをでっち上げてまでこちらが誠実に対応した事を示そうとしている。
ただし、全く穴が無い訳では無いのだ。
それは、どんな事もに《解釈》の相違と言うものが存在するからだ。
契約と言うものは、基本的に契約書に記載されている事が守るべき全てであり、何処まで細かく条件を突き詰めるかが、《解釈》の相違を生まない重大なポイントなる。
ただ魔法契約の場合、『契約』に使用する専用の『紙』に『ペン』と『インク』使って契約内容を手書きで延々と記入する必要がある。これは契約内容を魔力を介して全契約者に浸透させる関係上必須の手順だ。
大抵の魔法契約は、それなりの社会的立場にある者達が、時間などの都合を合わせて行うのである、それなりの立場にあると言う事はそれなりにスケジュールに追われる立場にあると言う事であり、『書類』の作成にそうそう長い時間をもの取らせる事は出来ない。
よってこの様な場合、条文をどの様にするかがかなり重要なポイントとなる。
《解釈》よって、契約の遵守と違約の判断が分かれる事も有り得るからだ。
今回の場合、契約者は俺とイクシ氏で、その内容を簡単に列記すると、
・氏は、俺がマスターをしているダンジョン内で取得した品々に関して、宝箱から取得した物以外の所有権を放棄し、そのすべてを俺に返還する。
・氏は、このダンジョンの攻略に必要な情報を外部に漏らさない。
・俺は、氏が放棄する物品・情報の代償として、このダンジョン内で現在作成されている魔法薬の製造法を記載したレジュメ・レシピ、魔法薬のサンプル、並びに材料のサンプル(試作数回分として必要十分な分量)を渡す義務を負う。
と言うものになっている。
ここで先ほどの《解釈》の出番になる。
先ず、このダンジョン内でヒールポーションが作られた事があるのは事実であるが、現在このポーションは作られておらず、しかも作ったのは妻だ。
この事で《現在作成されている魔法薬》と言う条件からヒールポーションを除外出来ると言う《解釈》が成り立つ。
また、契約者が『イクシ氏』と『俺』である以上、過去の事であっても俺が作ったと言う事実はなく、このダンジョンで《現在作成されている魔法薬》は、アンチエイジング液のみ言う《解釈》も成り立つ。
実際、妻の怪我を直すのに使用したポーションは、ダンジョン内にポップさせた宝箱に入っていたものを回収したもので、ダンジョンが生成した物であって俺が作ったものではない。
よって、『イクシ氏』と『俺』との契約によって、引き渡しが必要な情報並びにサンプルは、『アンチエイジング液』関連のみに限定される。
実際に、『アンチエイジング液』関連に限定した情報、サンプルの引き渡ししか行っていないが、特に違約に基づくペナルティは発生しなかったのだから、これで正しいのだ。
追加でこんなイベントまででっち上げて、実演までしてみせた以上、問題視される事も無いだろう。
あとはまぁ、また深層エリアの踏破者が出ない事を天に祈る位しか出来る事は無いんだよな、生憎と。
あの後、コアに過度の負担がかからない程度にトラップゾーンを伸長したり程度の対策はしたけど、多分イクシ氏クラスの斥候職ならクリアできてしまいそうだ。
もっとも、彼くらい小柄で能力の高い選任の斥候職って滅多にいないはずなのだが。
基本的に、探索者ってやつは、脳金のゴリマッチョと相場が決まっているし。
そうなると、殆どがあのエリアを潜り抜ける事が出来ないはずなんだよな。
俺も、細マッチョ位ならマッチョな肉体へのあこがれが無い訳では無いんだが、下手に鍛えて体格が良くなると、その体格に合わせてトラップゾーンを作り直す必要が出て来るからなぁ、ガマン、ガマンっと。
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