第28話 製薬レシピ公開7・イベント折り返し
覚悟を決める為の時間は無常に過ぎて行き…
結局、ジェームス・ジョーンズ(米国/29才♂)とダーシャ・ラルー(インド/54才♀)が期限内に薬液を飲まず、公開立会人としての権利を失う事となった。
このイベントでアンチエイジング原液を服用する権利を持つ者は、その使用条件等に付いて必ず契約を交わしているが、その際に使われる契約は全て魔法契約を使っている。
魔法契約と言うのは、一般人には余り馴染みが無い言葉になるが、ダンジョンがこの世界に出現する様になった時からこの世界で使える様になった、魔法をと言うか魔力を媒介にして契約者間の心を縛る事で成立する様になった契約方法だ。
魔法契約には魔力の浸透し易い専用の『紙』と『ペン』、『インク』を使う必要があり、代理人等の当事者以外によるサインでは発効しない。
『紙』に『ペン』と『インク』を使って、契約内容や、約束事、違約時のペナルティ等の必要事項を記入していく。
この時、機械では無く必ず人の手を通す事で、『ペン』と『インク』を介して、契約内容が魔力と共に『紙』に浸透する。
最後に契約を結ぶ者がサインをする事で、契約内容が『紙』から契約者に流れ込ん浸透すれば契約が完了だ。
例えば、AはBの用意した部屋を今日から3日以内に入居可能な状態になるまで掃除する。BはAにその対価として1万円を支払う。
と言う契約がなされたとする。
すると、発効した魔法契約に基づいて、AはBが用意した部屋を掃除しなければならない。そして、BはAに報酬を支払う為に、1万円を用意する義務を負う。
この件についてペナルティが設定されていなければ、契約に基づいて、その内容を履行するまでの間A及びBに精神的な圧迫(プレッシャー)が課せられる事になる。
要は、Aは3日以内に部屋をきれいにしなければならないと言う刻々と強くなる強迫観念に追われる事になるし、BはAの契約事項の履行を確認した時点から代金の支払いは終了するまで同じ様に強い強迫観念に追われる事になる。
この精神的な圧迫は契約内容が履行されるまで基本的に終わらない。この圧迫に必要となる魔力は契約者自身のものが強制的に利用されるからであり、当人の魔力が消費され尽くされて空になると、事実上まともに生活出来ないからだ。
違約に基づき課せられるペナルティについては、違約した事が無いのでどの程度の物なのか知らないが、大抵は直ぐに音を上げると言われていて、噂では気がふれる事も無くも無いと言われている事から、相当に強い物になるらしい。
今回は契約違反で権利が失効した場合は契約の同意事項に基づき服用しなかった薬液は無条件で返却しなければならない。
どうも、この二人は公開イベントでの立会人当選後に製薬会社が接触でもしたのか、薬液ちょろまかして持ち帰ろうとした感じなのだが、残念ながらそんな事が許されるほど魔法契約の拘束力と言うものは甘くはない。薬液の返却を迫った時顔を蒼褪めさせていた感じでは相当の精神的なプレッシャーを感じたのだろう。
結局返却した事からそれ自体も成功しなかった様だし、素直に飲んどきゃいいのに、と言う感じだ。
彼らは、権利の失効に伴いイベント期間中のゲストルームの使用権も失った。
帰りをどの様にする心算だったのかは知らないが、少なくとも今日=明日分の1日分の宿泊費が余分に必要になる計算だ。ざまぁと言ってやりたい気もしなくもない。
何せ自費参加前提のイベントなので、自体が生じる事は考えておらず、補欠人員の設定をされていなかったのだ。そのまま欠員2の状態で進める事も考えたのだが、見栄えも悪い事から、一般の見物客の中から代わりの公開立会人の選定を行う事にした。
今度は、先ほどの毒見役とは違って、公開立会人の選定なので聊か条件が違ってくる、と言うか他の公開立会人と同じ条件になる。
そんなに詳しい情報ではないにせよ、名前と顔や身なり、出身国や年齢まで公開された上で、薬液を飲んだ後24時間ほどWeb配信で様子がさらされる事になる。
さらし者になる事を考えると先ほど程は立候補者はいないかも、と思ったのだが、さっき手を挙げた人たちとさほど変わらないメンバーが立候補していた。
物好きな、と思わなくも無いが、飲めば速攻で出る効果を目の当たりにしたばかりのご婦人方の鼻息は相当荒い。
つくづくこんな物の生産に関わるんじゃなかった、と思わなくも無いが、関わってしまった以上は仕方ない。
先ほどと殆ど同じ手順で選定を行い、純正の公開立会人と同じ内容の説明を行い、魔法契約を結ぶ。
契約が成立した順に公開処刑ヨロシク情報を公開して、薬液を差し出すと、2人ともひったくる様に受け取って、即刻服用した。
…
やっぱり、この効果と言うか、変化って見ていて気持ちが良いもんじゃないな。
何か、SFXメイクを要所要所で微速度撮影しておいて、それを通常再生で見せられている気分だわ。
明らかにたるんでいたあの頬の肉、何処に行った?!
誰の、とは言わないが…、何か凄いな…、効果は知ってたけど。
効果の個人差もかなり大きいんだよね。
因みに、新しい公開立会人は、公開イベント様にでっち上げた見学者用のスタジオに見学に来ていた一般見学者で、小林順子(コバヤシ・ジュンコ/日本/55才♀)、斉藤楓(サイトウ・カエデ/日本/38才♀)の2名だ。
この2人に正規の立会人の8人の合計10人がこれから1日ゲストルームを含むダンジョン内を自由に見学して過ごしてもらって、効果の維持性や即時に害が出ない事を視聴者の前に公開する。
ちなみに、あえて公言していない情報になるが、最も新陳代謝活性化してピークの状態に固定すると言う事は、大抵の病気等も自己治癒で癒してしまうと言う事に他ならない。ガンなどの細胞分裂時のコピーミスに起因する様な病でも、強化される恒常性の維持機能の働きで除去されてしまう。
もっとも、たった1回の服用でそこまでの効果が期待できない。
この薬液は、服用開始時期に原液を連続して服用する事で、徐々に絶頂期の頃まで新陳代謝の活性を回復させて、維持液を服用する事でその状態を維持させる。
テロメアの状態に影響される年齢に応じた新陳代謝では無く、絶頂期の新陳代謝を復元する事で、通常は年齢に応じて不足していく体内のホルモンバランスなども復元され、概ね若返ると言って良い様な効果を生み出すが、テロメアが若い頃の長さに戻る訳では無いので、服用止めると元の状態=実年齢に応じた状態に徐々に新陳代謝も戻る事になり、一見して加速して老けて行く様に見えるが、あくまでも本来のあるべき状態に戻るだけだ。
正直、薬液の効果に関しては、個人差が大きい為、1回の服用で若返った様に見える人もいれば、さほど変わらない様に見える人もいるが、全員相応に新陳代謝が活性化されているはずで、効果が全くないと言う事はほぼ考えられない。
実は公開していないのだが、若い時点=新陳代謝が活発でテロメアが長い時点で始めると、テロメアの劣化と言うか短小化が抑止できるので、若い状態を維持できると言うメリットがある。
デメリットは、これは公開立会人を公募した際に公開済みなのだが、女性は子供が出来難いと言うか、基本出来ない体になる事だ。
要するに新陳代謝だけを活性化すると、異常細胞等の増殖も活性化される事になる。簡単に言うと、ガンなどの細胞分裂時のコピーミス等による病気も発症しやすくなってしまうのだ。
これを抑止する為には、細胞分裂時のコピーミスを抑止出来れば良い訳で、この薬液は自己免疫力・恒常性の強化の形でこれを実現しているのだが、強化された自己免疫力・恒常性は、減数分裂によって発生した細胞も異常細胞と判定してしまう。
要は、卵子細胞や胎児を異常と判断して排除してしまうのだ。男性なら精子は逐次生産されるので、必要な時期に服用を抑止すれば、多少の老化は生じるが子孫を残す事が出来る。
問題は女性で、卵子細胞の減数分裂は胎児期に行われ一定量生産後この機能は休止してしまうため、体内で保有する卵子が異常と判断され排除されてしまうと妊娠出来なくなるし、妊娠中に下手に服用すると胎児が排除されてしまうのだ。
この問題は、1回のみの服用では殆ど生じないので、今回のイベント限定では殆ど問題にならないと考えられるが、恒常的に若返りを希望する場合、後戻りできないので大きな問題となる可能性がある。
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