第21話 魔法契約

製薬場前のテラスで、お茶をしながら探索者の戻りを待つ。

最近、魔法薬がらみで色々対応する事があり、のんびりできなかったので、こういう時間をとれると言う意味では、上級探索者の来訪も悪く無い。

そんな風にのんびりとな何かを考えるでも無く考えて待つ事しばし、恐らく1時間半ほど経過した頃になって件の探索者が戻って来た。

…結構な量の収奪物を持ってきたな。どうやって持ち帰る心算なんだろうか?

ここに入って来るのに、身一つに近い状態にならなければならなかったはずなんだが…帰りもあそこを通る必要がある事をわかっているのかな?

言っとくけど、高難易度エリアの串刺しトラップは、行きより帰りの方がきついんだぞ?!

そんな風に考えながら


「お帰りなさい。

いや、お疲れさまでした、かな?

見たところ、毒などにも侵されていない様に見えますが、製薬場探訪はうまく行きましたか?

随分色々と持ち出されたようですが、それらを持って、ここに来るまでに辿った道を戻られるのですか?

かなり無謀な行為だと思いますよ?


もし、そこにあるものの持ち出しを諦められる、と言う事であれば、コンパクトにまとまったサンプルをダンジョンの出口付近でお渡しする事もできますよ。」


そう言ってにこやかに水を向けると、かなり不本意そうな顔をしながら、

『機材なんかの作り方を含む情報込みだと助かるんだがな?』

と話の続きを促してきたので、

少し考えて、同意する旨と合わせて幾つかの提案をする事にした。


「良いですよ。

どうせ、私の知る限り、地球上では、ここ以外では加工できないではずですしね。

あなたの面目が保てる程度の情報はお渡ししましょう。

ただし、機材は持ち出しも禁止します。」


そう言って、持ち出して来た分の内、機材類をざっと見まわした上で、


「そもそも、持ち出されたこれらの機材は、ダンジョンが生成したものでは無く、妻が趣味のアンチエイジングの研究をする過程で作りあげて来たものです。

厳密な意味ではダンジョン産のドロップ品の類と言うには、いささか性質が異なります。


元々、ここから外に持ち出す事を考慮した作りになっていませので、多分、持ち出そうとすると壊れます。

ご希望なら、これらの機材に関する説明も追加しますが…?」


そう言って、『契約』に使用する『紙』と『ペン』・『インク』を『収納』から取り出し、提案内容に基づく契約事項を書き出していった。

曰く…

・甲は、乙をマスターとするダンジョン内で取得した品々に関する所有権を宝箱から取得した物以外の分について放棄し、それを全て返還する義務を負う。

・甲は、乙をマスターとするダンジョンの探索に必要とされる情報の内、農場エリアに到達する為に必要とされる部分について、他者に伝える権利の全てを放棄する事とし、公表を行わない事とする。

・甲は、前述した取得品の所有権に代わって、同ダンジョン内で現在作成されている魔法薬の製造法を記載したレジュメ・レシピを受け取る権利を持つ。

・乙は、甲が放棄する前述の取得品の全ての移譲を受ける権利を持つ。

・乙は、甲より移譲された品への代替品として、甲の要求に基づき現在このダンジョン内で作成されている魔法薬のサンプル、製造法並に製薬機材の作成法を記載したレジュメ・レシピ、並びに作成に必要な為同ダンジョン内で育成されている魔化植物類・菌類のサンプル並びに育成法の情報を甲に引き渡す義務を負う。

・本契約は、甲並びに乙がこの契約に署名した時点で有効となり、甲、乙何れかの履行を以て発効する事とする。

・本契約に基づき締結された契約事項の義務が履行されなかった場合のペナルティ、不履行者は自身が自然回復する分に加えて10分間に全保有精神力の3%分に相当する精神的苦痛を履行が終了するまで継続して受けるものとする。

・本契約の履行に必要とされる行為を行っている限りにおいて、不履行時のペナルティは発効を保留されるものとする。

契約日:

契約者:

・甲:

・乙:

と言った内容だ。


要は、某探索者は、このダンジョンで宝箱からのドロップ以外の取得品を持ち帰る権利を放棄する。その代わりに、俺はこのダンジョンで製造されている魔法薬の製造法とそれに必要な機材作成法、材料の育成法までの情報をとサンプルと併せて引き渡すと言う魔法契約だ。

彼が製薬会社との約束で、このダンジョンの秘密を探りに来たのであれば、十分に納得の出来る契約と言えるだろう。


因みに、魔法契約と言うのは、魔力を媒介に行われる契約の総称で、一般的に契約内容を記載する為の特殊な『紙』・『ペン』・『インク』を必要とする。契約が有効になると『紙』に記載した契約内容が契約者の魂に刻み込まれ忘れる事が出来なくなる。また、契約条件などにもよるが、契約を一方が履行した状態でもう一方が履行しない場合、不履行ペナルティが自動的に発効する。


今回の場合では、彼は宝箱からのドロップ品以外の取得品の持ち出しを放棄する代わりに、うちが作成している魔法薬の製法、魔法薬の作成に必要な機材の製法、魔法薬の作成に必要なダンジョン産の魔化植物類のサンプルを持ち帰る権利を得る事が出来る訳だ。

この契約の最大のポイントは、うちは魔法薬の作成に必要な材料やら機材を殆ど失わずに済み、向こうは労せずにレシピ・レジュメを得る事が出来ると言う点だろう。


まぁ、正直、レシピやレジュメがあっても材料類は、ほぼダンジョンでしか入手できない。製薬機材もダンジョン内で初級程度の錬金魔法を使わないと錬成出来ない。魔法薬の作成には最低でも初級程度レベルの製薬スキルか錬金スキルを用いた魔力の材料への浸潤が必要で、スキルを持たない者がダンジョン外でそれを行う事は出来ないとまでは言わないが絶望的なまで可能性の低い行為になる。

とまぁ、うちには殆どデメリットらしいデメリットは無い。


製薬会社側も、魔法薬の作成にはダンジョン内行う必要がありそうな事と、材料を生産するにもダンジョンが必要になる事、生産行為自体にも探索者が必要らしく、特に農業スキル持ちと製薬スキル持ち、錬金スキル持ちと言う希少な人材の確保が必要になる事がわかるはずだ。

何せ、魔草(魔化植物)と言うのは、ダンジョン内でもなければ余程条件が揃わなければ生じないし、農業スキル持ちでもなければ見分ける事も育てる事が出来ない。

製薬工程の中には、材料に魔力を浸潤させて馴染ませるなんて工程があるのだが、それをする為には製薬スキルか錬金スキルが殆ど必須になる。

農業スキルにせよ、製薬スキルにせよ、錬金スキルにせよ、ある程度素質のある者がタンジョン内で失敗を繰りかえして経験を積む事で生えて来る類のものなので、現実の問題としてそれが可能な探索者などほぼいない。


レシピ・レジュメをきちんと読めばそれがわかるはずで…、この件で文句が来たとしても、こちらはきちんと義務を履行しているので、特に問題ないと言う事になる。

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