第8話 第4段階ダンジョン②

何で読んだのかまではおぼえていないが、この国では自殺の幇助は殺人(従犯)扱いになると聞いたことがある。また、病気になって治る見込みの無い(死を待つだけの)末期の患者が自ら尊厳死を選んだ場合であっても、手を貸すのは違法(殺人(従犯))になるとも聞いたことがある。

今回の場合、ストリーミングの録画があるので、その場に俺が居なかった事が判明しており、直接の幇助ではないことは分かっていた様なのだが、余りにもバッチリ記録が残っている事で、うちの協力関係を疑われたらしい。

たぶん、映像記録として研究者達への遺産?…福音として確り映る様に意識してやったんだろうが、それが原因でこっちが疑われるんだから、実に迷惑な話だ。


後日聞いた話では既に自国で担当医からの余命宣告を受けており、苦痛除去を除く積極的な治療も行われなくなって久しい状況にあって、本当に余命幾ばくもない状態での来日だったらしい。

その上で周囲にそれを気づかせないあの対応が出来ていたのだから、大した精神力だとは思うが、出来れば他所でやっていただきたかったと言うのが本音だ。

うちが選ばれた理由は、常時接続でストリーミング配信が可能な程マスターに懐いたコアなど、めったにいない事。

しかも、自分の状態を冷静に判断すれば、低難易度で比較的簡単にコアと対面出来る所が好ましいと言う事。

この2点が最低でも譲れない条件になるのだそうだ。

そうなってくると、世界中を探してもうちしかないと言う判断になったとしても、仕方が無いのかもしれない。


しかし、巻き込まれた側からすると、何と言うか…、国家権力って怖いわ。

向こうからすると、冤罪を避ける為と言う意味もあってそうしているのかもしれないが、何度も何度も何度も何度も同じ事を聞き腐って、本当に…、どう言う心算なんだと聞きたい位のあのしつこさは何なんだろうか…?

と思っても仕方が無いだろうと思える位、執拗な確認が行われた。


え?

どんな説明をしたかって?

そんなのそのままだよ。

・少なくとも当日あったジダン氏の事をジダン氏と認識した状態で、以前から知り合いだったと言う事実はない。(ストリーミング配信をしているので、その視聴者の一人だったとしたら知らずに対応していた可能性はある。)

・初めて会ったジダン氏は、社交的で礼儀正しく、これから自殺しようとしている様には見えなかった。

・彼が自死の演出を行っていた時、私たちは彼が来たせいで対応が遅れてしまった産廃業者への対応を終え、一息付いていたところだった。

産廃処理はうちにとって収入の大きな柱であるし、ダンジョンの重要なエネルギー源でもある。私の意向でダンジョンの食事内容を制限している以上、飢えさせる様な事はすべきではない、と言うのは私の持論だ。

後で知ったのだが、魔素以外のエネルギーは基本的にダンジョンの成長(延伸等)や魔物の生成に使われるもので、基本的に魔素がある限りコアが飢える事は無いらしい。

・彼の自死については、彼がやらかした後、慌てて自称マスコミの集団が戻って来て騒ぎ始めてから知った。

ただし、自死と呼んでいるが、私が知った時点で手遅れではあったが、彼は死んでいなかった可能性があった。


こんな感じだろか。

彼の自死が突発的な思い付きによるものでは無く、熟考の上でのものだという事は、死の直前に彼に同行していたマスコミ関係者の一人が彼から託された手記に記載されており、死の直ぐ後に警察の調査でも判明した。

何故警察の調査を待たなければならなかったのかと言えば、その手記が彼の母国語で書いてあった(英語や仏語の様なメジャー言語で書かれた物では無かったらしい。)為、その時居た自称マスコミ関係者では読めなかった為だそうだ。

因みにその時にもすったもんだがあり、そのせいで余計に警察に痛くも無い腹を探られる事になった。


その手記及び彼がこの国に来る前に交流のある研究者達に宛てて出していた手紙には、うちのストリーミング・インタビューで判明した、コアはダンジョン内で死亡した冒険者の知識や知能をある程度継承出来る(可能性がある)、と言う命題をどのように検証すべきか、と言う事が記載されていたそうだ。

『そうだ』と言うのは、私が直接目にする事は無く、又聞きだったからだ。

とにかくその中で彼は、自分に死期が近づいてる事を告げ、自分の死後自分が行って来た研究や考察が失われるだろうことを嘆き、その継承を願い継承の方法を模索している、と言う事を記載していた。

また、もし継承に成功した場合、その事実を確認する為のキーワードを残していた。


その後の事は私たちより、マスコミや一般人たちの方が詳しいかも知れない。

うちのダンジョンでは、ストリーミング配信をする為に、研究者達からのアドバイス…要望などもあって、ダンジョンの途中の部屋に1カ所、通路にも1カ所、魔物の繁殖部屋に2カ所、コア部屋に広角で2カ所,コアを左右斜め前からそれぞれ1カ所、上からの俯瞰で1カ所の合計5カ所、全部で9カ所の定点カメラを設置して常時配信を行っているが、それはダンジョンの各所に設置してある無線通信のアクセスポイント経由で送られてくるデータを流す形で行っている。

また、それぞれのカメラには専用のレコーダーを設けて、データの記録を行っている。(もっともレコーダーの容量は有限なので、何かトピックが無ければ、基本上書き記録を繰り返す形で、残っているのは概ね最新の1か月分になる。)

この配信記録とその時近くにいたマスコミ関係者が行っていた記録ですべてが赤裸々に公開される形になったからだ。


その日、彼はうちのダンジョンを訪い、入場手続きを行い、と言っても基本は無人のゲートに冒険者カードを入れて入場料を払うだけなのだが、この日は入場資格の無い取り巻きが大勢いたので、かなり面倒な手続きが必要だった。

その後もダンジョン内の各所(と言っても魔物の繁殖部屋には入らなかった)の見学や戦闘を行い、1時間程かけてコア部屋に到着した。

普通、魔物の繁殖部屋への侵入や探索にこだわらなければ、30分もかければコア部屋に到着できるのだが、マスコミさん達へのサービスなどで時間がかかった様だ。


コア部屋に設置しているカメラは、視聴者の大半が研究者で、コアの観察を主目的にしていると言う事情とコアが部屋の最奥にあると言う事実から、必ずコアとその周辺の変化が映る様に入口を入ってすぐの左右の端からのやや広角アングルと、少し先に進んだ左右のポイントからのコア付近のズームアップ、天井方向からの俯瞰映像の5点で撮影している。


その結果、彼の姿は背中越しの物がメインになっているが、同行者達からの証言と合わせて凡そ何をしていたのかを確認する事が出来た。

部屋に入って来た彼は、先ずしばらくの間、遠目からコアの状態の観察し、少しずつコアに近づきながら、ある時は右に、ある時は左にとポイントを微妙に変えて観察を行った。

やがて、コア迄あと1~2歩と言うところまで近づいたところで、暫の間まじまじと観察した後、手帳に何かメモした上で、自分で背負って来た荷物に入れて、それを同行して来たマスコミの一人に預けた。

その後、表情を改めて同行者連中に少し後ろに下がる様に指示をした。


彼らが指示に従って十分に下がったのを確認して、腰のポーチから掌の上に乗る程の赤い小箱のような何かを取り出して地面の上に置いた。

その瞬間、地面と小箱の接触面からまばゆい光か広がって行き、収まった時にはジダン氏とコアは半径数m程の薄く煌めくドーム状の何かに覆われていた。


後で知ったのだが、この小箱は結界の小箱と呼ばれるダンジョンの宝箱から希に出るレアアイテムで、箱の色によって色々な効果があるらしいのだが、赤箱は一定以上のエネルギーを帯びた存在を箱に込められたエネルギーが続く限り遮断して通さない効果があるらしい。


光が治まって、自分が無事にドームの内側にいる事を確認したジダン氏は、鎧の隠しから数本の投げナイフを抜いてドームに向けて投擲し、ナイフがドームを通り抜け出来ずに弾かれた事を確認した上で、腰の短剣を抜きドームに斬りかかった。

最初は確認する様にそっと、2回目はやや力を込めて、三回目はかなりの力を込めて斬りかかり、全ての攻撃がドームを通り抜けることなく弾かれた事を確認して、持ち込んでいた携帯端末でどこかに連絡をした。


連絡が終わった後彼は、腰からぶら下げていやや小ぶりなピッケルを取り出し、大きく振りかぶって、コアに向けて振り下ろした。

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