第6話 サブマスター

その後も色々と研究者達からの要望に応える形でコアとの対話を進めて行ったのだが、その中に一つ重要なトピックとしてサブマスターと言う存在についての話が出てきた。

ぶっちゃけて言えば、サブマスターとは、マスター不在の状況下で何らかの指示が必要な場合にマスターに代わって、ダンジョンに指示が出来る存在なのだそうだ。

今まで、そういう存在は確認されて来なかったのだが、それはマスターとダンジョンとの間の関係性に問題があった為らしい。

まぁ、俺の知識はコアからの受け売りなので、本当かどうかは保証できないが、どんなダンジョンであってもマスターとダンジョンの間に十分な繋がりが出来ていれば、そのつながりを拡張する形でサブマスターを設定できる様になるものであるらしい。

ただし、繋がりが不十分な場合、コアにのみ負担が増す形になるものらしく提案される事自体が無いらしい。


うちの場合、

・ダンジョンが発生した直後にコアとの間に関係が結ばれた初めてのマスター(所謂刷り込み親)であった(らしい)事。

・コアを庇護し、育成を助長する様な方向で関係を築いてきた事。

・長期に渡って良好な関係を維持出来ていた事。

・ダンジョンが一定以上のレベルに達した事。

等の理由で、ある程度安心してサブマスターの選任を任せる事が出来ると判断され、提案されたらしい。


ダンジョンとしては、限定的ではあっても自身の生殺与奪権の一部を与える者の選定権を委ねる訳で、相当の関係性と言うか信頼が無ければ出来るものではないそうだ。

そもそも、ダンジョンは一般的に地中等に発生するものである関係上、初めてのマスターは人間以外になる事が殆どであるらしい。

そして、マスターや摂取する餌の影響で成長の方向性が決まって行く事から、本能に忠実な性向を得て育って行く事が多い。


考えてみれば分かると思うが、ダンジョンが発生した時点で出来る洞窟の長さは凡そ50m程だ。それが地中や水中、海中のあまり知性を持つ生命のいない場所に出現するのだが、そこに偶然、虫や小動物が侵入したとする。

動物について小と付けたのはダンジョンの入り口の大きさの関係だ。

私が知る限り、一般的なダンジョンの入り口は縦横数m四方程度のもので、最大の物でも10mを超すものは知られていない。

(ダンジョン経営をするにあたって色々調べた。)

その中に入り込んで動き回る以上、くじらやシャチ、象やキリン等の大きな動物には向かないだろうと判断した。

(くじらやシャチ、象などがそう言う感情を持っていればの話だが)圧迫感等も考慮すれば、人間やせいぜいゴリラクラスの大きさの生き物が最大クラスと考えるのが妥当だろう。

むしろ、ミミズやモグラ、ネズミやヘビ、魚と言った生き物が入り込む可能性が高いと考えるのが妥当ではないだろうか。

ただし、そこから50m以上の距離を移動して、コアに触れるとなると、ミミズなどの虫類ではかなり厳しいのではないだろうか。地中を移動する類の小型哺乳類や爬虫類、両生類、水中ダンジョンなら魚類等なら有り得るかもしれないが、かなりの偶然が必要になる。

何せ、ダンジョンは自らの内にある移動しない物(非生命=生きていないもの)を種類を問わず食べてしまうのだ。

空気や水などの流動性のあるものは長期滞留しないと喰われる事は無いだろうが、小型生物が50m以上に渡って食い物も碌に無い場所を奥に進む…。

クラゲなどのプランクトン等なら、波に運ばれて偶然と言う形も有り得るのかもしれないが、流石にそんな生き物がマスターになり得るのか、と言う問題もある。

少なくとも細菌などの単細胞生物はマスターになれないはずだ。

もしそうなら、俺がマスターになれたはずが無い。

どこかに線引きするラインがあるのだろうが、少なくともうちのコアにそれを聞いてもはっきりした答えは帰って来なかった。

ただ虫類でもマスターに成り得る事は、今までのダンジョン探索の実績で分かっている。摂食本能に委ねられた殺意の高いダンジョンだったそうだ。


そう言う条件下で2番手以降でマスターとなった人間とコアがどこまで深い関係を築いていけるかと言う事になると、それまでの生に根差したものの影響とどう折り合いをつけるか、どの様に導いて行けるかと言う意味でもなかなか難しい問題になる様だ。

一応コアは自身の存在の継続に関する部分以外ではマスターの意向意向に従うものらしいのだが、明確に指示された事以外の部分については、それまでの生によって学習してきた内容を優先する事が多いらしい。

面従腹背とまでいかないまでもそれに近い状態になる事も多いらしく、それが原因でトラブルになる事もままあるらしい。


そう言う意味でもうちのダンジョンは研究者の注目を浴びているらしい。

世界で初めて確認された、1番手のマスターが人間であるダンジョンとしてだ。

そんな状況のなか、サブマスターと言うワードが発信された訳で、それに誰を選任するかが話題となりかけたが、それについてはあっさり解決した。

と言うのは、最近妻の無言の圧が凄い事になっていたのだ。


実を言うと、この数年、俺がダンジョンマスターとなって以降、俺の老化のスピードが低下していた…、ほぼ停止していた事には気が付いていた。

正確に言えば、若干の若返りが起きているっポイ事には気が付いていたのだ。

性格的にあまり意識してこなかったのだが、俺も妻も既に熟年と呼ばれていい歳に達している。こんな事が無ければそのまま年を重ねて行って老人となり、やがてはこの世を去る事になるはずだった。

冗談でお互いに先に死んだら向こう(天国)で待っているから、あまり待たせないでね、等と言う事を言い合う程度には仲が良かったのだが、この数年俺の方の老化スピードが鈍化しているらしい事に妻も気が付いていた様だった。

らしいと言うのは、俺自体があまりそう言う事を意識しない質だった為だ。

妻にしてみれば、洗濯物やら家事(掃除)やらで気が付く部分があったらしい。

それで、まぁ…、『あなただけずるい。』と言う事になる訳だ。

別に俺が意識してそうしてきた訳では無い事はわかっているので、表立っては何も言わないが、長年連れ添ってきたのだ、そういう事は言われなくても何となくわかる。


それでどうしたものかと、色々悩んでいたのだが、どうやらサブマスターと言うのは、そういう意味でもマスターに準じた恩恵に与かれるらしい。

そう言う訳で、余計な火種は消すに限ると、さっさと妻を指定したと言う次第だ。

妻からは、最近肩こりがマシになった等の報告とも言えない報告をもらう様になって、俺も肩の荷が下りた感じだ。


やれやれ。

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