第4話 日常

現時点でうちのダンジョンには、1~2wordで生存本能的な欲求を俺に垂れ流す程度のコミュニケーション能力しかなく、それを受け取って判断する限りでは、産廃や食品廃棄物を喰らう事を嫌がっている素振りは無い。いずれもう少し成長して自我が芽生え、コミュニケーションがとれる様になれば好き嫌い問題が発生するかもしれないが、その事はその時に考える事にしている。

そもそも日本はもとより世界的にも、これほど未成熟なダンジョンがマスター持ちになった例が無く、おかげでダンジョン研究をしている研究者達等、一定数がうちのストリーミング配信を常時接続してチェックしてくれているので、全く盛り上がる事のない配信でもかろうじて赤字にならず維持できる程度のインセンティブが稼げている。そうでなければネット配信等とっくに破綻していてもおかしくないのだ、こんなうまみの無いダンジョン経営では。


元来、ダンジョン経営と言うものは、マスターになれさえすれば失敗する事は無いと言われている。理由は簡単で、よほど特殊なものでもない限り、ダンジョンは周辺にある魔素・諸々を吸収して自らを作り、魔物を発生させる。発生する魔物は倒すと何がしかのドロップを残す。それこそ、幽霊系の実体のない魔物でもドロップを残すのだから、どうなっているのだろうと言う話だが、何かを残すのは事実らしい。そして魔物との戦いに敗れると敗れた者は命を失い、ダンジョンに吸収されるのだそうだ。

そう、ダンジョンの経営は基本的にタダででき、何がしかを得る事が出来るので基本赤字になる事は無いはずなのだ。


探索者がダンジョンを踏破してコア部屋に踏み入れると、ダンジョンコアを手懐ける事が出来る場合がある。そうでない場合は、コアに触る事が出来ずにダンジョンの入口付近に強制テレポートさせられてしまう事があるのだそうだ。

これがマスターの居るコアと主の居ない野良コアの違いだそうで、マスターの居るコアは触られることを嫌い触って来たものを入口付近に飛ばすなり、殺すなりしてしまい、マスターの居ないコアは触らせて触った相手をマスターにしてしまう。

マスターを得る事でコアは1種の共生状態になると言うが、俺に言わせれば、これは共生なのか寄生なのかかなり微妙な部分ではないだろうか。


共生と言う言葉を具体例で表現しようとすると中々難しいのだが、所謂寄生虫と呼ばれる生物の一部は、特定の生物の体内でその生物が摂取した栄養の一部を横取りして生きる代わりにその生物の体調を整える働きをする事があるらしい。

聞いたところによると、マリアカラスと言う女性歌手は、この方法で50kgにも及ぶダイエットに成功したそうだ。ホントかウソかは知らないが。

また、ミトコンドリアと言う細胞内に存在する小器官は、かつて真核生物に寄生した寄生生物が宿主の一部になる形で一体化した名残だと聞いた事がある。


対して寄生とは宿主の体で栄養の一部を横取りするところまでは同じだが、その他にもデメリットが多くあまりメリットを与える事が少ないらしい。

例えばエキノコックスと言う寄生虫に寄生されると、肝臓に長期にわたり寄生された挙句に肝機能障害を引き起こされ、最悪死に至る事もあるとか。

自爆かよと言いたくなる様な話ではあるが、寄生虫病と呼ばれる病気の中にはそんな話も結構あると聞く。マラリア熱等は特に有名な例だろう。あれは短期間で発症する例だが。


ダンジョンコアの場合、そこまで極端な事になる事は無く、相応のメリットももたらしてくれるらしい。

メリットの一つは、既に述べたが金銭に転換可能な何某かをもたらしてくれる事になる。

うちのダンジョンの場合殆ど無いのだが、ダンジョンは別名生物資源採取場或いは生物資源採掘場とも呼ばれる1種の生き物で、色々な恵みをもたらしてくれるのだそうだ。うちもいずれはそうなるのかもしれないが、未だ会話もままならない状況である事を踏まえると、まだまだ先の話なのだろう。


そして、マスターに健康をもたらしてくれるのもメリットの1つだそうだ。

詳しくはわかっていないそうだが、1種の魔法的なつながりが出来て、体調を整えてくれて寿命も延びる、場合によっては若返りもあるらしい。

ただし、この効果が自動的にもたらされるのはマスター当人限定で配偶者や家族には効果は無いらしい。

その結果、仲の良かった熟年夫婦の片割れだけが若返りしてしまって、大揉めする事も少なくないとか。うちの場合、コアが若いせいか、或いは元々短期間で顕著な効果が期待できるものではないのか、若返りの効果は伺えないが、有ったら有ったで揉めていたのかも知れない。

女性のそっち方面への執着は凄いと聞くからな、うちのはあまり煩くないからと言って、無い訳ではないのだろうし、無闇に藪はつつくまい。


そんな感じで、世にも希なコスパの悪いダンジョン経営をしている訳だが、時として困った事が起きることがある。主に部外者によってだが…

どういう事かと言えば、一般的にダンジョンと言えば、内部を探索して魔物と出会えば、倒す事が出来れば何某かのドロップを得る事が出来る。

また、ダンジョン内に資源の採掘ポイントが発生する事もあり、そこから何某か資源や鉱物、宝物などが手に入る事がある。

勿論、うちのダンジョンにはそんなものは無いので、その事はうちで運営しているWebページ上でも、国が運営しているダンジョン案内にも記載しているのだが、中にはそう言うものを確認せずに来る困ったお客さんもいるのだ。

そう言うお客さんも、大抵はうちのダンジョンの前まで来て、デカデカと書かれた注意書きに書かれている『何もないですよ』に気が付いて、苦々しい顔をしつつ帰って行くのだが、中にはそんなものもスルーする強者もいて、入った後でねじ込みに来る。


実は公認されたダンジョン(隠されたものがあるかどうかは知らないが、日本には公認されたダンジョンしかない事になっている。)には、必ず、安全確保の観点から、出入りを制限するゲートと呼ばれるものが設置されており、原則ここを通らないとダンジョンに出入りできない。

勿論、管理者であるうちや、産廃等を廃棄しに来る業者様には別に業務用の出入り口があるのだが、それは許可されたものしか使えない建前で、一応ゆるゆるではあるが管理されて一般人には使えない。

ついでに言うと、うちのダンジョンは通路の他にはコア部屋しかなく、魔物もスライムしかいないと言う超低難易度ダンジョンで、国のダンジョン一覧ページだけを見ると、最低難易度のダンジョンである事しかわからないが、そこをクリックして、情報をちゃんと閲覧すれば、何の資源も宝物もスライム以外の魔物も出現しないうまみの無いダンジョンである事がわかる様になっている。

しかし、そんな所は俺の知る限り世界中でここしかない訳で、雑に冒険している心算程度のアマチュア連中は確認せずに来てしまう事がある様なのだ。


で、ゲートを入る際には、国が定めた料金が徴収される。

これは、ゲートの設置費用を回収する名目で必ず徴収されるもので、どんなダンジョンでも一律の定額なのだ。この利用料の中から一定率で管理料だか管理委託料だかが管理者(大概はダンジョンマスター)に支払われ、管理者は普通そのお金でダンジョンを管理する建前である。

そう、うちのダンジョンでも定額取られるのだ。

大抵、わかってない奴らは、入って行って直ぐに戻って来ては文句を言ってきて揉めると言うかごねる。

まぁ、ごねても返金は出来ない、と言うかその部分はうちでは触れられない様になっていて、ある程度お金がたまったら回収に来ると聞いているのだが、うちでは一度も見たことが無い。

直ぐに戻ってこない連中は更に最悪で、スライム相手に戦うらしく、大抵武器やら防具やらをぼろぼろにして、涙目で帰って来るのだ。

そうスライムは核と呼ばれる中枢を破壊されなければ倒れない上に体液がかなり強力な謎溶液で出来ていて、ちゃんと対策済みの物でもないと、触れるとそれを溶かしてしまう(軟化させてしまう)のだ。

正直、恨みがましい目で見られても、何も補償出来ないし。あきらめてもらうしかない。


そんな感じで、ごく一部を除けば、ダンジョンがあるとも思えない程穏やかな日々が続いていたのだった。




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