からあげに誘われて(ひまり)





 平日でも商店街は賑やかだけど、土日とは違う客層でどちらかというと地元の人で溢れ返っていた。しかも今日は温かくて、冬の合間だというのにぽかぽかして心地よく過ごすことができる。

 だから、外出する人も多いんだよね。

 それでも土日よりは少ない人通りなので、半休をとった私は午後の商店街を堪能していた。用事があって休まないといけなかったんだけど、想像より早く終わってしまった。まだ十四時だから時間は十分すぎるほどある。

 自分の買い物をしてもいいんだけど、今日の夕飯も考えないとね。昨日、陸に夕飯は任せろって言っちゃったし。

 といっても何か凝った料理をするかと言われると、しない可能性が高い。どうしても商店街を歩いていると、時間があっという間にすぎて作るのが面倒くさくなることがとても高確率で起こる。

 できたらお総菜とか買って帰りたいんだけどな。

 そんなことを考えながら、私は普段ゆっくりいかない場所へと足を向けていた。本屋さんとか洋服、あと新しくできた文房具やさんとか、目新しいものが多かったからとても楽しかったんだけど――。

「うーん……」

 唸りながら私はお腹を軽くさすった。

 携帯電話で時間を確認すると、時間十六時をすぎていた。

 小腹が空いたよね。

 でもこの時間からお茶とデザート食べたら、夕方になってしまう。

「お腹空いたなぁ」

「肉屋の店の前で言うんだねぇ、ひまりさんは」

 突然名前を呼ばれて、私は声がする方を見ると、そこには普段お世話になっている肉屋のおじさんが肉の並んだケースの向こう側で笑っていた。

 何で私、ここで立ち止まってるんだろう。

「ごめんなさい、たまたまというか」

「謝る必要はないだろう? お腹空いて肉屋にきたんじゃないのかい」

「偶然です!」

「偶然かぁ」

 明らかに疑いの眼差しを向けられている、それは仕方ない。だってここ肉屋さんの前だし、冷静になると揚げ物の良い香りが漂ってる時点で本当が嘘になっても不思議じゃない。

 恥ずかしくて顔が熱くなるのはしょうがないよね。

「それならいいタイミングできたね。ほら」

 笑いながらおじさんは私に渡してくれたのは、つまようじに刺さった唐揚げだった。醤油と生姜の味のする唐揚げの衣は、濃いきつね色をしていて見た目だけでお腹が空いてしまう。

「揚げたてだから食べるといいよ。おじさんの奢り、いいよな?」

 おじさんが後ろを向いて確認している相手は、肉屋さんのおばさんで、奥から食べさせてあげなー! って元気な声が響いてきた。

 ううう、すみません。

 肉屋さんとは顔見知りだし、よく買い物しながら話をしているから、私が食いしん坊だって知ってるんだよね。

「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

「はいっ」

 薦められながら、美味しそうな匂いを漂わせる唐揚げに目が釘つけになる。お肉屋さんの唐揚げを食べるのははじめてじゃないんだけど、大体仕事帰りに行くので揚げたてに出会うことがないに等しかった。

 おじさんの手から唐揚げの刺さったつま楊枝を受け取ると、私はためらうことなく口に入れた。片栗粉を使っている衣はさくさくとした食感で、噛み締めると鶏肉の味が口の中で弾けた。広がるとかじゃないの、揚げたてだから肉汁が飛び出してくる。熱くてしっかりと生姜の味もする、ご飯がすすむ味だった。

「美味しい! これください!」

 これは今日の夕飯にするしかないでしょ。

 ケースの上にある保温されている入れ物に入った唐揚げを指差しながら、私は叫んでしまっていた。

「いつものでいいのかい?」

「……他にもあるんですか?」

 おじさんの意味深げな言葉に、私は真剣な目で尋ねてしまう。

「塩味の唐揚げもあるよ。いつもすぐに売り切れちゃうんだけどね」

「それもくださ……!」

 私が言い終わる前に、おじさんはまた唐揚げを渡してくれた。

 いつもの唐揚げと違って衣の色は薄かったけど、いい香りを漂わせている。これも揚げたてだ。

「これも味見していくといいよ、どっちにしても買ってくれるんだろ?」

「もちろんです」

 深くうなずく私に、おじさんは笑っている。

 このお肉屋さんには唐揚げ以外のおかずも売っている、一通り食べたけどどれも美味しかった。

 だから初めて食べる塩唐揚げが美味しくないわけがない。

 唐揚げを受け取って口に運ぶと、さくっとした食感の後にする味は思ったよりも濃かった。塩だけだから薄いと思ったんだけど、別の旨味も染み込んでいる気がする。しかも醤油味の唐揚げよりも柔らかくて食べやすい。

「醤油を使わないで、塩麹で漬けた唐揚げなんだよ」

「思ったよりも味が濃いのは、麹のせいなのかな、でも」

 分析よりも味わいたい。醤油の香ばしさもいいけど、塩味もまたいいかも。この辺は好みかな。

「美味しいです」

「そうかい、それなら良かった。もうひとつ食べるかい?」

「さすがに買いますから。醤油と塩の唐揚げを四つずつで」

 ちょっと多いけど、余ったら明日の朝食べればいいかな。

「できたらもう一口、味見して欲しいんだけどね」

「なんで……あ」

 おじさんの視線を追うと、周囲には人が増えていて明らかに私を見ている。

「美味しそうに食べているひまりさんが、客寄せしてくれて助かってるんだよ」

「そうだよ、お姉ちゃん。もう一回食べてくれよ」

「気になるなら、私がひとつ奢るわよ」

 口々に唐揚げを薦められて、私はあまりの恥ずかしさに赤面してしまう。そんなに美味しそうな顔してたかな。

「ほらほら、もうひとつどうぞ」

「……いただきます」

 周囲の声援とおじさんの好意から、私は逃れることができず、もう一度塩唐揚げを食べてしまうのだった。

 


 そして肉屋さんで初めて買った唐揚げは、陸に大好評だった。陸も嬉しそうで、きっと肉屋に行ったら私と同じ状況になるんじゃないかな、と思いつつ、私も唐揚げを味わう。

 何回食べても美味しい唐揚げ、また昼間に行けたら絶対に買おうと私は心に深く誓ったのだった。

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