第7話
しつこいくらい何度も言うが、人生というものはプラスマイナスゼロで出来ていると私は思っている。
私は、蛹の願いにもそれが当てはまると確信した。
普通だったら一つ幸運なことが起きると、一つは不幸なことが起きる。
これはあくまで私の中の普通だ。
彼女はきっと、幸運も増えたが、不幸なことも一つ増えてしまったのだ。
「ごちそうさまでした」
夜七時。
私は母親に用意された料理を完食して歯磨きをしたあと、すぐに二階の部屋に上がった。
特に見られたくないことをするわけではなく、ただ単に慣れない運動に疲れただけで睡魔が襲ってきているのが理由。
親にもその話をしており、シャワーはすでに浴びているためあとはトイレを済ませばすぐにでも就寝できる状態だ。
とはいえ明日は国語がある。
出されていた宿題に手をつけ、さっさとそれを終わらせると時計が差しているのは八時半。
トイレを済ませてベッドの中に潜り込んだ私は、ものの数分で夢の世界へ入っていった。
女の子がいる。
雨ですら光って見えるような暗い部屋の中に一人。
あれは……蛹?
私は彼女に向かって手を伸ばす。
夢の中なのに意識ははっきりしている。
しかしその手は届かない。
見えない何かに拒絶されているように。
すると彼女は突然淡々と語り始めた。
「ウチはずっと菫に憧れとった。
ウチが倒れた時よりずっと前からずっと憧れとった。
あの時、菫は一人やった。
ウチは一人になりたかった。
後輩から届く憧れの眼差し、先輩から届く妬みの声、先生から届く期待の言葉。
期待に応えるために、精一杯の努力もした。
限界まで、全力で。
でもいつも、すんでのところで大きな大会には出られん。
関東大会は狙えるだけで結局出れへん。
でも自分の半端な才能のせいで諦めきれへんかった。
諦めるには惜しすぎるって何回も言われた。
だから走ったんや。
ひたすら真っすぐ、壊れるまで。
いっそのこと、こんなのなんか無かったら。
才能がない蛹が、羨ましかった。
ごめんな、こんなこといきなり言うて」
独白と言うか自白と言うか、懺悔のように蛹は虚しい顔で語った。
彼女のストイックさは、自ら形成されたものではないのだろう。
周りからの期待に流されるようにそうなってしまった。
この言葉が、本当に彼女の心の声なのかは今すぐに確かめることは出来ないが、私は本当のような気がしていた。
校舎裏での嘔吐。
聞くだけで恐ろしいほどの練習への執着。
人生を、走ることに絡め取られている。
私が羨んでいた彼女の才能は、彼女を苦しめる存在だったのかもしれない。
断定はできないけど。
才能があろうと、やっぱり人生は結局、プラスマイナスゼロだ。
持っている力がある分辛いことも、苦労も大きい。
人間というのはそう出来てる。
この話を信じるなら、私は一人だったから彼女と友人になれたのだろう。
それもまた、プラスマイナスゼロ。
夢の中の蛹は消えなかった。
何か伝えたいことがあるように、でも口を開かないよう必死に我慢しているような、そんな表情だった。
ただ一人、暗闇に佇んでいた。
私は考えていた。
彼女が口を開いたら何かが終わるのでは、と。
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