第6話

「今日も部活?」

 放課後、私は蛹にそう問いかけた。

 一緒に帰りたいためなのだが、お互いの部活動が同時に休みになる日などなかなかないのが現状で、今年はまだ二度だけしか横並びで帰れていない。

 彼女は明るい表情で「せやな、大会前やし気合い入れな」と呟くと、「ほんじゃ、また明日」と手を振り、足早に教室から去っていった。

 彼女は放課後の練習も一番に走り始めるらしい。

 そのストイックさの一%でも私に分けて欲しいところだ。


 一人の帰り道を自転車で駆け抜けていく。

 登下校にしか使わない有り余った体力で自転車を漕ぎ、唸る風を切り裂くように進む。

 十分ほど経つと家に着いた。

 カードをかざしエレベーターを動かす。

 光るのは、「3」の数字。

 家に入り、私はすぐに体操着に着替えた。

『ストイックさの一%でも私に分けて欲しいところだ』なんて思う前に、自分から変えてみるべきと思ったから。

 そこまで使用回数が多くないためか、上はシルクみたいに真っ白、下は見た目ではわかりずらい紺色だが、一切のほつれがないほど、綺麗な状態を保っていた。

 私は外に飛び出すと、一キロ半くらいを目標に走り出した。

 前へ、前へ、前へ。

 一歩、一歩、一歩。

 二百メートルほど走ったところで息が切れる。

 自分が運動不足であることが露呈してしまった。

 いやそもそもそんなことは自明の理なので、別に気にするほどのことでもないが、やはり怠惰な人間がいきなり走ったところで長距離を走るなんてことは無謀だったのか。

 いや、一キロ半が長距離なんて言ったら陸上部には笑われるかもしない。

 ……蛹はそんなことしないと信じてるけど。


 結局私は家から四百メートルほど走ったあと、限界を迎えて少し休んでから折り返すことにした。

 そしてその帰り道。

「うわあぁ!」

 自分でも信じられないほど情けない声を出した私は、疲労の影響もあったのかアスファルトの段差に躓いて転んでしまった。

 通行人からの生暖かい視線を感じる。

 ため息を吐き、冷静になると左膝に鈍い痛みが走っていることに気づいた。

「……最悪」

 ストイックになりたいと言ったばかりなのにすぐさま諦めてしまいそう。

 トボトボ歩いて帰ることにした。


 家に着き、汗をかいているのでシャワーを浴び、少し時間が早いがパジャマに着替えてから左膝の擦り傷の手当をする。

 消毒液は傷口にしみるので使用しない。

 使うべきだけど。

 私は絆創膏を救急箱から取り出し、貼り付けるとベットに寝転んだ。

 せっかく上がった運動のモチベーションだったが、それはすぐに彼方へと消えてしまった。

 何をしようか。

 意識もしないまま、携帯を手に取りラインを開く。

 新規の通知は届いておらず、一番上には昨日した蛹との会話が残っていた。

 そういえば……

 彼女にも擦り傷ができていたことをふと思い出す。

 あの時は違和感なく見ていたのだが、私が怪我して初めて気づいた。

 私が転んで傷ができたのは左の方だけ。

 でも、蛹の傷は両方の膝にあった。

 擦り傷がつくことなんてあるだろうか。

 走るときには足を前後に開くのだから、転んだ時、どちらか片方の膝が最初につくはず。

 そうしたら両膝は擦りむかないだろうし、万が一そうではなかったとしても、先に片方の膝がつくはずなのだから、怪我の度合いはどちらかが小さくなる。

 しかも、蛹は走り慣れている。

 そんな危険な転び方をするだろうか。

 二度転んだ?

 いや、彼女は練習の終わり際に転んだと言っていた。

 となると、最後のランで二回もこけたことになる。

 熱中症でもなかったのは朝練後授業に出たから証明済みだし、元気な状況で走り慣れている人が短期間で二度転ぶとは考えにくい。

 そこで私は思い出した。

 彼女の願い「なんでも増えますように」を。

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