第3話
「ほな、また今度な」
人間の一生みたいに綺麗な花火を見終わった後、私たちはそれぞれの帰路についた。
蛹は走って帰るらしい。
ストイックさに脱帽だ。
残念ながら私たちの家は近所ではなく、祭りの開催地からそれぞれ南北に進んだ先にあるため横並びで帰ることは出来ない。
夜間に女子が一人で出歩くのは危ないことは間違いないが、もしも私が犯罪者なら、人通りが多すぎる今日に事を起こしはしないだろう。
そう信じ、私は家に足を向かわせる。
一人で歩く帰り道、私は蛹のことより、あの神社のことを考えていた。
まだ一度しか増加する現象を確認できていないが、わたあめが増えていたのは紛れもない事実。
あっ、そういやわたあめ代半分返すの忘れてた。
わたあめのことを考えて思い出してしまったが、これはまた返すとして、あの神社は本当にあるのだろうか。
蛹は消えたと言っていたし、明らかにあそこだけ現世ではない、重いけど浮き上がるような空気感だった。
考えているうちに、家に着く。
父親がタワマン住みと言いたいがためにその低層階に位置する私の家は、天井の圧迫感こそやや感じるものの、悪くない住み心地。
自室もしっかりと用意されており、父の見栄のためのものだったが案外ここでよかったとも思っている。
玄関を開ける。
もうすでに両親は寝ているようで、すでに家の電気は落ちていた。
今すぐにでも眠りたいほど疲れているのだが、真夏に外に出ているため、当然服の下は蒸れる。
スカートではないので余計にだ。
つまりお風呂に入らないといけない。
服を脱ぎ、ふりふりのついた下着をネットに入れパンパンの洗濯機に押し込む。
真夏だが、私の家はシャワーで済ませることはしない。
私は軽く体を流すと、私が帰ってくる今の今まで保温され続けていた湯船につかった。
やはりここでも考えてしまうのは神社の事。
それと、私と蛹の関係。
もしあれが何でも願いを叶えてくれるような神社だったら、私は蛹の横にいるべき人間になれるだろうか。
性格も社交的になって、何かの才能に溢れる私にないものを持つ蛹みたいな人に。
でも、同時に思うのはきっと叶えられる願いは一つだけということ。
願いを叶えると、彼女の視界から神社は消え去ってしまってた。
本当にこんなことに使っていいのか。
そもそも、あの神社は本当に存在しているのか。
考え始めるときりがない。
これ以上ここにいてものぼせるだけなので、私は緩んだ体を洗い、外へ出た。
お風呂から上がり半ば投げやりに化粧水を塗る。
例え私がどれだけこんなことをしてもきっと蛹には追いつけない。
でも、横にいることに何か言葉を言われないように努力はしないといけない。
なぜなら——
私は蛹が転校してきて六ヶ月ほど経った頃、つまり一年半前、練習中だったのか運動着姿の彼女が、古びた校舎裏で誰にも見られないように嘔吐しているのを見た。
その頃から彼女は、関西のほうでは名の知れた選手だったらしく、私が通う高校でも期待を一手に受けていたらしい。
だからこそなのか無理をし過ぎてしまった彼女はそのまま倒れ込んでしまう。
一方、その時の私は教室の隅っこに一人ぽつんと佇んでいるのがデフォルトで、一日に一回あるかないかの会話は授業でのペアワーク。
だから彼女のこの姿を見た時、私は一瞬、無視してしまいそうになった。
それはあまりにも住む世界が違いすぎたから。
彼女が天上人だとしたら、私は地下労働者と言ったところだろうか。
私と彼女は普通は絶対に交わり合うことはない、私がただ、羨望の眼差しを彼女に向けるだけの関係に終わるはずなのだ。
ただ、そんな他人と話す度胸もない人間が、倒れた少女を放っておく度胸もないことは自明の理。
私は彼女の元に向かった。
彼女は猟奇的な体重の軽さだった。
それは間違いなく努力の証であったが、褒められるものではない。
悠々と彼女を持ち上げた私はすぐさま保健室へと運ぶ。
「放して!
ウチはまだ走らなあかんねん!」
力を振り絞るように彼女は叫ぶ。
「今動いたら死んじゃうよ!」
普段は私がもの静かだからか彼女は怯む。
そして彼女の意識が消えていった。
この事、この事件をきっかけに私たちは仲良くなったのだ。
当然、最初の方はこんな私が、学校の人気者と一緒にいると、意図的に聞こえるような陰口を浴びせられることもあった。
だから私はメガネをコンタクトにしたり、前髪を上げたりして風貌をまるっきり変えたし、オドオドしないように努力もしたし、嫌われないためにいろんな啓発書を読んだ。
自分は間違いなく変わったし、変われたと思う。
でも根っこはあの時のまま、何も変わらない。
あの時私が保健室まで運んだ借りがあるから、蛹は今も私と渋々一緒に遊んでると思ってしまう時もある。
私は蛹に嫌われるのが、周りの人に罵倒されるのが、怖くて怖くてたまらない。
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