第2話
人生というものは魔女裁判のように不公平だと言うことを知っている。
才能だって家庭環境だってそう。
私は凡百の美術部員で、蛹は陸上部の大器。
私と彼女は海老と鯛みたいに不釣り合いということを知っている。
彼女はもっとキラキラした人と一緒にいるべきだと私は心の底では思っていた。
「蛹、行くの?」
暗い夜、明かり一つさえもなく土地勘がある私ですら今まで見たことのない朽ち果てた神社。
大きな通り沿いにあるにもかかわらず、誰一人足を踏み入れないどころか目も向けない異様な光景は、まるで私たちだけが怪異に魅せられているみたい。
当然、私はこんなところに行きたくはない。
だって怖いし。
だから私は、乗り気で無いことがわかるようにかったるそうな顔を取り繕って蛹に問いかけた。
しかし、そんな私をよそに笑顔で彼女は首を縦に振るとすぐさま前を歩き出す。
こうなってしまうと、乗り気でない私でも流石に彼女を追いかける。
もし蛹が帰って来なかったら、後悔は一生続くだろう。
自分なんかが生きていて申し訳ないと思わないためにもこんな怪しいところに一人で行かせるわけにはいかなかった。
入った瞬間、空気が変わったことに気がついた。
真っ暗な道を、私たちは携帯のフラッシュライトをつけながら進んでいく。
私は先ほど買ったわたあめを右手に持っていた。
周囲には木が無造作に生い茂っているが、不自然なほど参道にはその木たちはかかっていない。
誰かが管理しているのか、はたまた不思議な力の仕業なのか。
そんなことは知る由もない。
「ねえ、やっぱり戻ろうよ。
転んでケガしても危ないし」
木はないとはいえども未整備、凹凸の多い道ではあった。
私の場合はスマホとわたあめで両手が塞がっているためより危険度が高い。
「せっかくここまできたんやし、最後まで行こうや。
それか、ビビってるん?」
どうやら止まる気はないみたい。
「そんなこと、ないよ」
後ずさりしたい。
ただ、後ろに道はないみたいなもので、取れる選択は一択しかなかった。
ひたすらまっすぐ進んでいくと、灯りが見えて来る。
誰かが参拝していたのだろうか、灯された蝋燭が二本静かに燃えていた。
拝殿もなく、本殿とその前の賽銭箱しかない小さな神社。
狛犬たちも来客を珍しそうにこっちを見つめてくる。
荒れ果てた木々とは正反対に建造物一帯全てがまるで新品みたいで吸い込まれてしまいそうな光景だった。
蝋燭の光によって視界が確保できたので、私も蛹もライトを消す。
「せっかくやし、ウチは参るわ。」
何円かはわからないが複数枚、重い硬貨を投げ入れる音が聞こえた。
一つしかない鐘を鳴らし、二礼二拍手。
何か呟く。
最後に一礼すると、意気揚々と蛹は戻ってきた。
「何をお願いしたの?」
「最初はな、あのわたあめ作ったやつが天罰くらいますようにってやろうと思っててん」
『終わったことはしゃーない』なんて思ってないじゃん。
ガッツリ恨んでるじゃん。
「でもそれ、神様に願うってなんかダメやなって思ったから、逆にわたあめ増やすお願いしようってなったんや。
でも、わたあめだけ増やすって言うのもなんか勿体無いやん。
せっかくのお願い事なんやから。
でも増やし過ぎても食い切れへんし。
やから、お願いは『なんでも一個増えますように』にしたわ」
……
「なんかよくわかんない……」
おそらく私の理解力語りないのだろう。
ただ蛹が満足したのなら、それは別にいいや。
「えぇ⁉︎」
いきなり蛹は、数年ぶりに好きなアーティストが活動再開された時みたいに驚くと、キョロキョロと不審者みたいに周りを見渡す。
「どうしたの?」
「んーなんかなぁ、神社が消えた。」
まるで意味がわからない。
神の社が神隠しに遭ってどうするんだ。
八百万の神とも言うし、誰かと喧嘩でもしたのだろうか。
いや、そんなことは別にどうでもいい。
確かなことは、消えたという事実。
だが、消えたという彼女に対し、私の視界には先ほどとなんら変わりのない静けさの、寂れた神社が写っているままだ。
蛹にだけ見えていない?
いや、通行人がここに気づいていなかった以上、私にだけ見えていると言った方が的確かもしれない。
「気味悪いし、出よ」
言ってることが最初と真反対じゃあないか。
先ほどまでのテンションはどこへやら、彼女は寝起きみたいにトーンを落とした声を出し、出口に向かって走る。
速い。
私も五十メートル走のタイムはクラスで真ん中と決して足が遅いわけではないのだが、みるみる背中が離れていく。
何度か参道でつまづきかけながら、なんとか人通りの多いところまで出てきた。
はぁ、はぁ。
私の体力はとっくにもう限界だったのだが、蛹は気味悪いと言ったことを忘れ「あと二十本は走れるわ!」とケラケラ笑う。
「神社よりも蛹が怖いよ……」
美術部の私にとって、それだけ走れるというのはもはや人外とも言えるほどだった。
怪しげな神社を横目に元の屋台が並んでいた場所に戻る。
花火がもうすぐ始まるからか、もう屋台が主役の時間は終わったようだった。
人通りも地方の遊園地くらい閑散としており、手を繋いでなかろうがはぐれることはない。
そこで私ははっと気づいた。
割り箸が二本ある?
私たちはわたあめを買った。
祭りのわたあめは、人が人の子を産むくらい当たり前に割り箸が刺さった状態で渡される。
私はさっき、彼女が買ったわたあめを自分の右手に握った。
私たちは間違いなく一個しかそれを買っていない。
ただ、割り箸は二本ある。
別にこの前に焼きそばとか、唐揚げとかを買っているわけでもないので、割り箸をもらう機会はあの時しかなかったはずだ。
もしかして、わたあめが増えたの?
私は、徐行運転をしている電車くらいゆっくりと右手を顔に近づける。
「えっ」
眼前には、二つの虹がはっきりと見えた。
まるっきり新品のわたあめ。
質量保存の法則に関しては一切矛盾していることではあるが、どうやらわたあめは二個に増えたらしい。
義務教育の範囲で学ぶ領域どころか地球単位でもこんな謎を解ける人はいなさそうではある。
しかし、現実として増えていることは変わりのないことだ。
『バイバイン』でもかかっているのか、はたまた『グルメテーブルかけ』で出てきたのか。
私に『ドラえもん』はいないのでそれらは間違いだろう。
私は少し前を行く蛹に追いつき、これらを見せる。
「なんやこれ、落ちてたん?」
蛹は驚きと言うよりかは現実感がないような、きょとんとした表情を見せた。
「流石に落ちたわたあめ拾う人なんていないでしょ。
と言うか、そもそも口をつけていないもの、落とすわけないじゃん。」
全く汚れてる形跡もない。
「えぇ!」
頭の理解が追いついてきたのか、彼女は腰を抜かしそうな勢いで驚愕した。
「こっそり買ってない?
ウチに気使ってない?
菫やったら謝罪の意込めて買いそうやん」
確かに私は申し訳ないと思っていたし買いそうでもあったが、今回に関してはそんな時間なんてなかった。
「違うよ。
ずっと一緒にいたじゃん」
「実はあの神社に着いてきてたんは幻やったりして」
「手、繋いでたじゃん」
彼女は「確かに」と言葉通りの表情で呟いた。
「拾ってもないんやったら……神社でお願いしたんが叶ったん?」
杓子定規な見方しかできないが、そうとしか思えない。
蛹の願った『なんでも一個増えますように』
不思議な神社は、願いを叶える神社だったのだ。
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