後編


「ああ、そうか……」



 私は木でこしらえられた小さな椅子の上に一人腰かけていた。


 目の前には腰丈ほどの石の台座の上に小さな小さな木のほこらが有り、そこに祭られていらっしゃる神様が私の夫となる田畑を守る狼を祭った神様だった。


 そういえば痩せた木の鳥居を抜けた後、両脇にあった灯籠のような石の台座に鎮座した狛犬こまいぬが獅子ではなく狼さんだった。


 私は椅子に座らせてもらったあと渡された油紙が丁寧にはられた蛇の目傘を後で誰かが使うかもと思い「すいません神様」とお辞儀をし祠の石の台座に立て掛けた。


 私の膝の上には開いた紙に置かれた干し柿が一つ。



「初めてわがま言ってしまった……」



 飢饉の中だからと何も欲しがらなかった私に「最後だから」と母が聞いてくれて父が村中探し回ってくれた干し柿だった。


 日の落ちる中、なんだかもったいなくて食べられない。



「ああ、そうか……」



 私はここに来て初めて私が選ばれたのは自分の足では帰れないからだと気づく。


「ははは、なんてバカなんだろう……」


 私は自分が少しトロいところもあるが実は結構頭がキレると勘違いしていた。


「そうだよね、足のせいか」


「実は私、村一番の美人だから神様に捧げられるとか思っちゃた」


 私は村の男衆が帰り誰もいない中ひとりごとが溢れてきた。


「いや、もしかして私って美人で優しくて名主の娘だから結構価値ある女だとか思っちゃってたよ…………」


 ははは────


 私はまた笑う、今度は声に出して。


 私は自分が結構お喋りなんだと気づく。


「今日は疲れたから明日あした食べようかな……」


 私は紙に干し柿を包み直した。



***



いのりさん」


「祷さん」


 真っ暗の瞳の中で声が聞こえる。


『誰?』


 私は心の中で呟く。


「僕ですよ僕」


「僕?」


 私はゆっくり目を開ける、祠の前は真っ暗闇のように見えたが徐々に三日月の明かりでも周囲が見えてくる。


 目の前、祠の前には立て掛けた蛇の目傘をさしてたたずむ青年がいた、私と同じ年くらいの青年だった、回りは静かすぎるほどに静かだ。


 私はその青年に微笑み語る。


「食べますか?」


 私は少しだけ干し柿を噛り切り青年に差し出した。


「ああ」

 

 青年は頭を私の手に近付けると手のひらから直接口で干し柿を犬のように咥えとり食べると『プイッ』と種だけを遠くへ跳ばして見せてくれた。



「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いいたします」



 それは私にとって初めての愛の告白だった。

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