百七十九話 瑞稀、白露(三)
下から突き上げる振動とともに、飛行機は地上に還ってきました。
機体を揺るがす轟音と前に引っ張ろうとする制動に抗して足を踏ん張らせながら、前のポケットに入れていたスマホを取り出します。定刻到着のアナウンスを聞きながら電源を入れたら、LINE通話の着信記録が残っていました。栄さんから。こんな朝早くに珍しい。画面の吹き出しは着信記録だけ。テキストは一行も残されていません。とりあえず、なにかありましたか? とだけ打って返信しときましょう。
窓側に座る灰田さんは安眠マスクを着けたままで、まだお休み中みたい。昨日も遅くまで残ってお仕事されてたそうですし、完全に停まって他の乗客が下りる準備し始めるところで起こせばいいですよね。
九月五日火曜日の午前八時、先月に続き今年二度目の東京に降り立ちました。それも初めての出張で。
「悪かったね。話し相手もせずに寝入ってしまって。さすがに歳かな。移動で時間があるとすぐに眠っちゃう」
「いいんじゃないですか。すぐに寝入って体力温存できるっていうのは若い証拠ですよ」
手荷物受取で回収したスーツケースを引きずって、灰田さんと私は東京モノレールの駅に向かいます。今回の出張で連泊するホテル「タビモス」は浜松町駅から徒歩八分、ゆりかもめの竹芝駅は目の前です。ただ残念なことにすぐ近くの日の出桟橋から出航するはずの東京ビッグサイト行き水上バスは、コロナの影響で今も運休したまま。船で通勤するという私の当初の目論見は、もろくも崩れ去ってしまいました。
「泣く子とコロナには勝てないよ。でもあの船は瑞稀ちゃんも乗せてあげたかったなぁ」
東京モノレールの羽田空港第1ターミナル駅の改札は地下一階。ホームはさらに下の地下二階で、この前乗った京浜急行と同じです。電車は地下もありだけど、モノレールは空中を走るものってイメージがあるから、なんだかちょっと不満。
「瑞稀ちゃんって不思議なこだわりがあるよね」
そう言って笑われたりすると、さらに不満が募っちゃったりします。子どもっぽいって思われてるのかも。
左にカーブする感覚を越えたあと、窓の外が急に明るくなりました。地上に出たのです。右側には重たそうな海、左側の目の高さには高速道路。その向こうには緑のグラウンドなんかもちらりと見えました。
これですよ。これこそがモノレール。
左側の窓に額をつけて建物や高速道路を走る車を目で追ってる私の背後で灰田さんの笑ってる気配がします。でもそんなのいちいち気にしなーい。だってこういう景色見てるとわくわくしません?
空はよく晴れて、ほとんど雲も無い。なんだかすごく幸先いい感じがします。今日の準備も、明日からの展示会もきっとうまくいきそう。
終点の浜松町駅からは空中回廊みたいなまっすぐ伸びる屋根付きの歩道橋を進み、竹芝ふ頭に向かいます。でもこの歩道橋、私の知ってるどの歩道橋とも違う。まずなによりもその高さ。ビルの三階にフラットで繋がるその歩道は、なんと高架の高速道路の上を渡ったりするのです。道幅も広くて、六、七人くらいなら横に並んでも余裕で歩けそう。歩道の両サイドは素通しだから景色もよく見えるし、閉塞感もまるで無い。凄いですよ、これ。なんだかとっても未来っぽい。
「ポートデッキっていうんだね。僕もこの道ははじめてだ。やっぱり東京はひと味違うね」
感激してきょろきょろしっぱなしの私の後ろで、灰田さんも感心しています。このまま竹芝桟橋まで信号も無しに真っ直ぐ通じてるそうです。こんなの驚かないで歩いてくなんて、絶対無理。
ホテルタビモスもぜんぜん普通じゃありませんでした。
ラウンジからして従来のホテルとまったく違います。どの壁にもマンガみたいな枠線で囲った大きな絵が描かれていて、よく言えば斬新、悪く言えば騒がしい感じ。ホテルの方の説明によると、ジャパニーズカルチャーのマンガをテーマにしてるんだとか。でもお部屋の中もこの調子だとしたら、面白いけど少し落ち着かないかも。
今日使わない荷物はスーツケースにまとめてフロントで預かってもらい、通勤に使う大き目のバックひとつを肩にかけてホテルをあとにします。
最後に、
いざ、東京ビッグサイトへ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます