百六十九話 瑞稀、処暑(四)
「トキさのぉまぁんてぃー変ばらんやー。いンや、んきゃーんゆいィ綺麗んかいないッたいィばかーいィやん」
「なにぃィう世辞あっずぃういィばけに」
どうやら元カレの大嶺さん(お爺さんの方)が
*
ニシ浜からおばぁの家に戻ってきた私たちを待っていたのは、大嶺さん宅の広間に用意された大宴会でした。私と祖母は荷物を解く暇もなく連れ出され、あれよあれよという間に、おばぁを真ん中に据えた上座の両脇に座らされました。目の前には、マグロを捌くみたいな大きなまな板に載った豚の丸焼きと、色とりどりの皿に載ったたくさんの見たこともないお料理。
迎えに来てくれた大嶺さんは、私たちにオリオンビールの缶を手渡したらそそくさと下座に戻っていきます。隣の女性(たぶん奥様)に耳を引っ張られなにかガミガミ小言を言われているようですが、にこにこしながら彼女とこっちを交互に見ています。
「瑞稀があんまい綺麗やんからゆす見っすぃーなりすぃィからりういーぬじゃ」
「瑞稀が綺麗だからそっちばっかり見てるんじゃないって叱られてる、って」
おばぁの現場解説をその向こうに座る祖母が通訳してくれてやっと理解できる私。なんか、完全に情報弱者になってます。
大嶺のお爺さんの歓迎のあいさつで宴がはじまり、二十人くらいの近所のひとたちがひっきりなしにお酒を注ぎにやってきます。もう、なにがなんだか。
ビールが入ってるからお酌は結構ですって断ってるのに、持ってきた大ぶりのお猪口を握らされ、とぽとぽと泡盛を注がれて。横を見れば、おばぁはもとより祖母までがすっかり場に馴染んでて、私、孤立無援です。
学生のころ興味本位で飲んでみた朝鮮人参酒に感じが似てる強烈な薬品臭がするお酒でしたが、えいやで一杯飲んだら口が少し慣れました。もちろん、ぐびぐびいけるもんじゃないですけど。
「あすぃィがトキさんまいかぎふたたいーすぃーが、さすぃがトワ婆ぬんまが、ミズキさんまいむぬすぃーぐ別嬪さんやー」
豚肉の小分け皿を私の前に置いてくれた年齢不詳のお婆さんがにこにこと笑いながら私に向かって話しかけてきました。端々にはさまれる固有名詞とお婆さんの身振りでなんとか意味を類推します。たぶん褒めてくれてるんじゃないかな。
向こうから祖母が口を挟みます。
「若くるぬばふどぅでぃまいにゃーんたい」
表情で分かる。私の方が綺麗だったって言ってるんだ、きっと。
料理とお酒、場の雰囲気にも慣れてきた私は状況をおおむね了解しました。要するに私の存在はほとんど重要じゃないんだ。ここのひとたちは、近所の名士トワ婆のところに東京から(私は福岡だけど)娘と曾孫が訪ねてきたっていう非日常に便乗して大規模な宴会をやりたかっただけなんだ、と。
そうとわかればあとは簡単。私は私で自分の食べたいものや飲みたいものを楽しんで、あとは異国の言葉に浸りながら、目の前で繰り広げられるハレの宴をギャラリーとして観ていればいい。
誰かが奏でる三線の音色を聴きながら、視界の隅で肩をたたき合って歓談する祖母と元カレの方の大嶺さんのやりとりを見るでもなく眺めているうちに、私はまぶたが重くなってきました。
*
目が覚めたらおなかの辺りに上掛けがかかっていました。オレンジ色の常夜灯に薄く照らされた部屋はさっきと同じ大広間。見回すと、私と同じようにタオルや上掛けを掛けられて眠る体がいくつも転がっています。さながら死体置き場。
ゾンビのように立ち上がった私は、テーブルの隅に置いてあった水差しから空いてる器に水を注いで飲み干します。もちろんですが、口に入れる前に匂いを嗅いで、お酒じゃないことを確かめてから。
少しだけ頭痛が楽になったので、縁側から庭に降りてみました。つっかけはなかったけど、なんとなく裸足のままでもいいかなって。
仰ぎ見る夜空には、信じられないくらいたくさんの星が瞬いていました。
「なにこれ、へん」
思わず声がこぼれます。
でも本当に、それはもう異常なくらいの数の星が満天を覆っていたのです。
宇宙ってこんなにもたくさん星があったの? 福岡の空にも、周りが明るくて見えないだけで、ホントはこれらが全部光ってるの?
見えないものが見えてくる世界。さまざまなノイズを取り払い、シンプルでニュートラルな視界を手に入れることができたなら、世界はこんなにも豊かな景色を見せてくれるのか。
後ろに倒れてしまいそうなくらい身体を反らせて星を見ていた私の横に、いつの間にかおばぁが寄り添うように立っていました。
「ミズキさぁ、あつぁー儂ぬ
なんとなく意味のわかった私は、おばぁの提案に大きく頷きました。
※文中の会話文は「恋する方言変換」をベースに利用していますが、誤訳・誤表記についての文責はすべて作者である深海くじらにあります。
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