百三十五話 瑞稀、小暑(二)

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「ペルソナ」は、ラテン語の俳優の被り物(仮面)が語源です。マーケティングでは「理想の顧客」のイメージで使われています。

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 煮詰まったので、初心に帰ろう。

 そう思って『ペルソナ マーケティング』でググってみたところ、最初に出てきたページにそう書いてありました。

「理想の顧客」ねぇ。とりあえず、続きをスクロール。


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架空の氏名、年齢、性別という基本データ、家族構成、居住地、勤務先という社会の中での位置づけ、経済力、興味、将来の目標といった経済行動に結びつく項目などを決定して、一人のユーザー像を創造し、モデルやCGで人物写真を作ることもあります。

ターゲットと一緒にして考えられがちですが、ペルソナが詳細なユーザー像であることに対し、ターゲットは「20代女性」など、ペルソナよりも大きなくくりのユーザー層になります。

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 わかったようなイマイチのような。

 要するに「アラサーDINKS」はターゲットで、ペルソナはもっと個人像に寄ったものってことなんですね。たしかに、社会調査かなにかの講義で聴いた覚えはあるような気がします。でもどっから手を付ければいいのでしょう。正直お手上げです。うーん。


「どう。進んでる?」


 斜め横の席から掛けられた灰田さんの声に、私はディスプレイ隅のディジタル表示を一瞥します。

 3:05

 え? もうこんな時間?!

 午前中にあったエムディスプレイさんとのZOOM会議から三時間も経ってるというのに、まだなんのカタチにもなってない。


「正直なところ、滞ってます」


 見栄を張ってられる時間でもないので白状する私。

 灰田先生、打開策ぷりーず。



「あー基本に立ち返ってんのね」


 背後から画面を見た灰田さんは、そう呟きながら席に戻りました。


「うん。もちろん定義づけは大事だ。定まりが無いと、自分がいま何をやってるのかわからなくなるからね」


 授業が始まった予感。私は耳を傍立てます。


「でも今から麦蒔いてたんじゃ、とてもじゃないけど明日の打ち合わせにパンは出せないよね」


 私は無言で頷きます。

 そうなんです。このままだと皆川さんとのミーティングに、なんの叩き台も用意できなくなってしまうのです。


「こういうときは、結果から考えるんだ。僕らはいったいどんな最終結果を求めてるのか」


「結果、ですか」


「そう。今回求めてるのは来場者の共感だよね。自分ごととして、先祖への祈りを日常の中に取り込んでもらう意識づけのために」


 そうです。オルタペストリーはそのためのものです。


「そのために、僕らは彼ら来場者の隣人の部屋をつくるんだ。普通に生活してる隣人のお宅にあがる機会があったとき、瑞稀ちゃんならなにを感じる? なにを見る?」


 思い出す。栄さんの部屋に招かれた日のことを。

 あのときは敷き詰められた新聞紙に面食らってはいたけれど、お部屋の様子だって観察していた。壁にぶら下がる何束かのドライフラワーと夥しいメモが張り付けられたコルクボード、そしてなぜか、般若の面。ちょっと高価たかそうなオーブントースター。本や雑誌でぎっしりの本棚は本屋さんや図書館のとは違って、高さが揃ってなくてジャンルもタイトルもばらばら。背表紙が痛んでいるのも多かった。

 あのとき私は、ライターとしての栄さんの内側をほんの少しだけど垣間見たのです。


「自分と同じもの、自分の生活には無い、でもなにか背景が想像できるもの。そういうものや痕跡を見て、彼らは隣人の内側に入る。そうやって同じ足場に立って改めて周りを眺めたときに、これまでの自分の暮らしには考えてもいなかったモノを発見するんだ」


 イメージできる。

 この前のパースよりもっと情報の多いリビングルームで、頷いたり覗き込んだりしている来場者の姿を。

 ローテーブルに置きっぱなしのカメラ雑誌と飲み差しのマグカップ。高いところに置いてあるティッシュボックスと、その理由の元が愛用する壁に張られた爪とぎ板。祝日でもなんでもない日に花丸が書き込まれてる旅行会社のカレンダー。

 そしてやがて、彼らの視線は壁に架かる異物を見つけるのです。

 オルタペストリー。その部屋の守護を。


 見えたみたいだね、と言って灰田さんはにっこりと笑いました。



―――― 引用元 ――――

奥野美代子,2022,ペルソナマーケティングとは?メリットや設定方法を解説,マーケティングコラム/Cross Marketing

https://www.cross-m.co.jp/column/marketing/util112/

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