百三十四話 笠司、小暑(一)

 画面いっぱいの波照間さんは、言われてみればたしかに説明が少し早口になってる。緊張してるってことかな。もしかして、僕が最初に要らんこと言った所為かもしれない。

 隣の小竹さんは、さっきからじっと画面に見入ってる。前屈みになって、息もしてないんじゃないかってくらいの集中度。サンタさんの言ってたことは本当だった。このひと、マジで波照間さんの顔を見るためだけにここ来てるよ。


「・・・・・・そんな感じのモデルルームがつくれたらいいな、って」


 口上を終えて表情を緩めた波照間さんは、視線を小さく動かした。こちらサイドの反応を見てるのだろう。

 彼女の言ってることはよくわかった。部屋にリアリティを持たせるために住人の人格設定を肉付けしようって話だ。それについては僕も賛成。よりよくしようって前向きな姿勢に触れると、こっちもやる気が増してくる。でも要するに、具体的なペルソナをつくりあげるのはまだこれからってことだ。時間、大丈夫なのか? 少なくとも小竹さんの作業が増えるのだけは間違いないんだけど。

 僕は隣を窺う。小竹さんの目はディスプレイに映る波照間さんのアップショットに釘付けのままで、何考えてるのかはわからない。と、画面が急に切り替わった。向こうの灰田室長が話し始めたからだ。

 ちっ、という吸着音に釣られて隣を見る。

 小竹さん、画面が波照間さんじゃなくなったんで舌打ちしてるよ。とんでもねぇな、このひと。

 小竹さんは僕の方を向いてあごをしゃくる。波照間さんの見えるモードにしろってことだろう。異存は無いので、画面を四分割のパーティービューに切り替える。上の段には左から波照間さん、灰田室長。下の段は、左がサンタさんで右端の枠に僕と小竹さん。カメラが写したリアルタイムの自分を見るのは、なんか気持ち悪い。


「この会議のメンバーで今から彼らのペルソナづくりを始められたら、と思うのですが。できればフリートークで」


 いかがでしょう、と言って灰田室長は話を締めた。僕は小竹さんを見る。彼も顔を上げていた。さすがに直接自分の作業に関わることだけに、聴き流してはいないようだ。


「皆川、施工に渡すデッドはいつだ?」


 今日はじめて口を開いた小竹さんの質問に僕は答える。隣に座ってるからタイムラグは無い。


「来週いっぱいにフィックスすれば間に合います。小竹さんの方はどのくらいかかりますか?」


 灰田さんと波照間さんが、僕らのやりとりを注視してる。


「乗れば三日、いや、二日だな」


 画面の向こうでサンタさんが目を丸くしていた。が、すぐに表情を戻し、対話を再開する。このサンタさんの反応の速さは、たしかにデキるひとっぽい。普段はゆるゆるの酔っ払いなのに。


「灰田さん、波照間さん、今週いっぱいでペルソナを確定してください。部屋に置くものの選定は、特定されるものに関しては来週の火曜まで。それ以外の小物はあとでも構いませんので」


 サンタさんからの返答に、波照間さんの顔がぱあっと明るくなった。いいな、このひとの笑顔。

 横を見ると、小竹さんも画面に見入ってる。


「ありがとうございます。それじゃ早速ですが、私の方でつくってきた仮案がありますので、画像共有させてもらってもいいですか。あくまでも叩き台ってことで」


 この機を逃すものかと言わんばかりの勢いで、波照間さんが畳み込んできた。むろん、断る理由などない。

 ほどなく、男女のイラストに細々こまごまと属性が書き込まれたスライドがメイン画面に表示された。


          *


「やあ、驚いたぜ。コタの野郎、よほど彼女を気に入ったんだな。二日でパース仕上げるとか、奴の口から聞けるとは思わなかったよ」


 会議のあと、小竹さんと入れ替わりで屋上まで上がってきたサンタさんは、煙草に火を付けながらそう言って笑った。


「波照間さんが演説してたときも食い入るように画面見てましたよ」


「あいつ、画面が灰田さんに替ったとたん舌打ちしてただろ」


「サンタさんにもわかりました? あれ、はしくらのふたりも気づいちゃったかな」


 どうだろね、と返して、実に旨そうに煙を吐くサンタさん。


「気づいたとしても、画面が灰田さんに切り替わった所為とまではわからんだろうて」


 会議の後半はさながらブレーンストーミングだった。波照間さんの勢いが伝染したのか、僕もいくつかの思い付きを口にした。ぼそぼそとではあったが、小竹さんまでが意見を言ってたのには驚いた。

 終了間際、今後のペルソナ作成の進め方が決められた。住人夫婦との年齢が近いことから、リーダーは波照間さん。彼女と一緒に案を出し、方向付けの相談相手となるサブは僕が拝命した。三日後の木曜にもう一度全体でのZOOM会議を行って最終チェックをし、一週間後の月曜の朝までに波照間さんがフィックスさせて確定版ペルソナを提出する、という運びだ。


「皆川、今週予定の他の仕事は全部俺んとこに戻していいから、おまえはこっちに専念しろ」


 サンタさんは、二本目をふかしながらそう告げた。企画でアタマを使う仕事だから、現場仕事との兼ね合わせではきついかもと懸念してたので、こっちに専従させてもらえるのはありがたい。


「せっかくコタがやる気になってんだから、おまえも波照間さん助けて、しっかりしたのを上げてこい」


 念押しするサンタさんに僕も強く頷く。

 もちろんそのつもりだ。



 席に戻ってデスクトップを開くと、波照間さんからのメールが届いていた。


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株式会社エムディスプレイ

皆川笠司様


波照間です。

さきほどの会議ではたくさんの有意義なご提案をいただき、ありがとうございました。

モデルルーム住人夫婦のペルソナづくりに関しては、お手伝いのポジションではなくメイン担当としてご参画いただけるとのことなので、大いに期待しております。

もちろん私も担当責任者として頑張りますから、ひとつよろしくお願いします。


今後の流れなのですが、皆川さんと私との予定を以下のように仮組みしてみました。

修正点、追加案等がありましたら、遠慮無くご提案ください。


~7/4(火) 本日最後のキャラクター表(本メールに添付)を元に、各自が別表(こちらも添付)を埋めていくかたちで詳細項目の案を埋めていく。


7/5(水) 10時~12時 ZOOM会議


~7/6(木) 午前中 メール等で確認しつつ、提案できるレベルのペルソナ案を作成


7/6(木) 13時~15時 ZOOM会議(全体)→各自意見抽出


7/7(金) 最終案調整→まとめ作業(波照間)


全体会議以外の日程は時間調整ができますので、早めにご連絡いただけると助かります。

一緒にがんばって、刺さるペルソナをつくりあげましょう。


株式会社はしくら ブランド推進室

波照間瑞稀

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 波照間さん、やる気まんまんだな。なんか一年の時に参加した東北六大学SF大会の開催準備を思い出すよ。


 添付されていた資料をざっと査読して、僕は返信メールをしたためる。

 ご提案の予定通りでいいですよ、っと。

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